そもそもの発端は、百田尚樹氏のベストセラー『日本国記』に付きまとう大量のウィキペディア・コピペ疑惑。ネット上で以前から指摘されてきたこの問題を、小説家の津原泰水氏は自身も同じ版元の幻冬舎で本を出すひとりとして、ツイッターで問い質す発信を長らく続けていた。業を煮やした幻冬舎は、発売間近だった津原作品の文庫化を突如中止することを宣告し、憤慨した津原氏がいきさつを暴露すると、今度は見城徹社長自らが、あまり売れていなかった津原作品の「実売部数」をツイッターにさらすという行動に出た。


「いくら何でもこれはやりすぎだ」。この事態に“外野席”にいた数多くの作家が次々と幻冬舎批判の声を上げた。予想外の“炎上”に見城氏も形勢不利を感じ取り、ついには謝罪に追い込まれた──。出版関係者の間で先週、大きな話題となった“幻冬舎騒動”は、ざっとそんな流れだった。


 深刻な構造的不況に苦しむ業界のセンシティブな問題だけに、出版社系の週刊誌はこの話題を取り上げまいと思っていたのだが、今週の週刊文春では、林真理子氏と能町みね子氏という2人の人気コラム執筆者が、それぞれに思いを綴っていた。


 林氏は自身のコラム「夜ふけのなわとび」で、ネット上に広がった「実売部数を公表して何が悪いのか」という見城氏擁護の反応を見て、《結局、本を利益追求の商品としてみるか、文化の一端としてみるかという違い》《出版業界だけにあるエレガントな空気、「売れることだけがすべてではありません」というものだけは、絶対になくしてほしくない》と胸中を記している。


 そのうえで林氏は、幻冬舎の“カリスマ編集者”がベストセラーをつくる秘策として「百冊で(著者の)講演会(招待)、二百冊でサシメシ(食事会)、三百冊で……」と購入者向け“特典”を打ち出している事例を挙げ、《「死ぬ気で本を売る」ってこういうことだったのか。本当に出版界は変わろうとしている》と、愕然とした思いを明かしている。


 能町氏のコラム「言葉尻とらえ隊」はさらに手厳しい。林氏も言及した“カリスマ編集者”箕輪厚介氏について、見城社長自らが「僕以来、久しぶりに出てきた編集者の天才」と称えていることをまず紹介、その箕輪氏自らが執筆した本のタイトル『死ぬこと以外かすり傷』という言葉の出処をさかのぼっている。


 彼女のネット調査によれば、このフレーズの大元と思われるのはその昔、ボート事故で瀕死の重傷を負ったアメリカのボートレーサーのコメント。しかし、その言葉を日本で広めたのは何人ものマルチ商法関係者だったと言い、能町氏は《別にいいんですが(略)いかにも見城徹の手下という味わいがあります》と、辛辣な嫌味を綴っている。


 結局のところ、この問題に対する作家たちの敏感な反応は、“どうやっても本が売れない”という重苦しい環境下、本の質や売り方に手段を選ばない“業界の風雲児”が悪目立ちする状況への嫌悪感に根差している。


 また今週は、ニューズウィーク日本版が、幻冬舎問題の発端にもなった『日本国記』の著者について、『百田尚樹という現象』と題し19ページもの大特集を組んでいる。百田氏本人や見城社長のほか“周辺の人々”にも分厚く取材した力作だが、特集の読後感にはえも言われぬほろ苦さがある。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。