1月4日、通常国会が開会した。今夏は参院選を控えており、会期の大幅延長が想定しにくい中、新年早々の国会開会という異例の展開となった。

 

 通常国会では2016年度政府予算、消費税の軽減税率、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)の承認などを巡って、与野党が激しい論戦を交わすことが予想される。今回は通常国会前半の焦点となる2016年度政府予算を考察する。

 

◇  盛り上がりを欠いた展開


 まず、2016年度政府予算の全体的な姿を総括する。一般会計は対前年当初比3799億円増の96兆7218億円【表1】であり、このうち社会保障費は同4412億円増の31兆9738億円である。

 

表1:2016年度一般会計政府予算案の姿

政府一般会計予算:96兆7218億円(+3,799億円)

(歳入)

(歳出)

税収

57兆6,040億円

(+3兆790億円)

国債費

23兆6,121億円

(+1,614億円)

その他収入

4兆6,858億円

(▲2,681憶円)

PB対象経費

73兆1,097億円

(+2,185億円)

公債金

34兆4,320億円

(▲2兆4,310億円)

PB対象経費の

うち社会保障費

31兆9,738億円

(+4,412億円)

公債金のうち

赤字国債

28兆3,820億円

(▲2兆4,780億円)

PB対象経費の

うち地方交付税等

15兆2,811億円

(▲2,547億円)

出所:財務省資料から作成

注:増減は2015年度当初比。PBはプライマリー・バランス(基礎的財政収支)の略。

 

 さらに、2016年度は2年に1回の診療報酬改定に当たり、診療報酬本体の改定率は+0.49%(薬価等は▲1.33%)となった。本体の改定率は政権交代前の2008年度改定を超える規模となる【表2】。

 

 診療報酬改定の年は例年、経済財政諮問会議や財務省が本体のマイナス改定に言及し、これに自民党、厚生労働省、日本医師会が反対するのが例年のパターン。今回も財政制度等審議会(財務相の諮問機関)で本体のマイナス改定に言及する意見があった。

 

 しかし、全体的に見ると「参院選を控えて思い切ったことを言えない」(自民党議員)という配慮のためか、今回は激しい攻防が見られなかった。

 

表2:最近の診療報酬改定

年度

本体

薬価等

備考

2000年

1.9%

▲1.7%

 

2002年

▲1.3%

▲1.4%

本体初のマイナス

2004年

±0%

▲1.0%

 

2006年

▲1.36%

▲1.8%

過去最大のマイナス

2008年

+0.38%

▲1.2%

 

2010年

+1.55%

▲1.36%

 

2012年

+1.379%

▲1.375%

 

2014年

+0.73%(+0.63%)

▲0.63%(+0.73%)

カッコ内は消費税対応

2016年

+0.49%

▲1.33%

 

出所:財務省、厚生労働省資料から作成

 

 さらに、社会保障費について歳出を抑制できる見通しが立っていたことも議論が盛り上がりを欠いた一因と言える。

 

 特にターゲットとなったのは「門前薬局」である。規制改革会議の提起に端を発した見直し論議は薬剤費を圧縮する流れになり、財務省は10月の財政制度等審議会で、「大型門前薬局を念頭に低い点数が設定されている特例の対象拡充や点数の引き下げが必要」「投与日数や剤数に応じて点数が高くなる仕組みの抜本改革が必要」などと主張した。

 

 さらに、新規収載された後発医薬品の価格引下げ、市場拡大再算定による薬価の見直し、協会けんぽの国庫負担特例減額などを細かく積み上げたことで、本体のマイナス改定に触れないまま削減額を捻出できた。こうした状況があったため、自民党、厚生労働省、財務省、日本医師会が対立する場面が減ったのである。

 

◇  交付税削減は景気回復の影響


 しかし、それでも社会保障費は4400億円ほど伸びている。過去の予算編成では社会保障費の伸びを公共事業費の削減で対応してきたのだが、国土交通省や建設業界からは「新規投資だけでなく維持管理費を考えると、これ以上の削減は困難」との声が出ていることもあり、2016年度予算は前年度並みを維持した、

 

 その代わりに削られたのが地方交付税等交付金である。2016年度予算に関しては、社会保障費に次いでウエイトの大きい地方交付税交付金等を2547億円減らした。

 

 これにはいくつかカラクリがある。淵源は2009年度予算編成にさかのぼる。

 

 地方交付税は本来、所得税など国税5税の約3割を地方財源として充当する仕組みであり、その使途は自由である。地方交付税に充当される比率は法律で定められており、通常この比率を「法定率」、法定率に定められた地方交付税を「法定率分」と呼ぶ。

 

 しかし、法定率分の地方交付税と地方税、地方債だけでは地方自治体の歳出を賄い切れない場合、国は赤字国債、地方が赤字地方債(臨時財政対策債)で上乗せする。国の上乗せは「臨時財政特例加算」と呼ばれ、2015年度予算では1兆4529億円だった。

 

 さらに、2009年度予算編成ではリーマンショックによる需要減に対応するため、臨時財政特例加算とは別に、国が特例で1兆円を上乗せした。いわゆる「別枠加算」と呼ばれる特例の加算措置である。

 

 その後、2015年度の別枠加算は2300億円まで圧縮したが、「平時ベースに戻すべきだ」という財務省や経済財政諮問会議による指摘にかかわらず、別枠加算の予算措置自体は継続された。政府・自民党が地方経済への悪影響を恐れたためである。

 

 ところが、2016年度予算では特例加算を全廃した。さらに、国の臨時財政特例加算を億円も2747億円まで圧縮できた。これは景気回復で地方税に加えて、国税の約3割を充当する地方交付税の法定率分が増えたことで、地方一般財源(交付税、地方税)の規模を確保できたためであり、この結果としてトータルで社会保障費の伸びを吸収できた。つまり、景気回復による税収増に大きく依存した予算編成だったと言える。

 

 しかし、景気回復による自然増収には限界がある。その年の税収で政策的経費(国債費を除く経費)を賄うプライマリー・バランス(PB、基礎的財政収支)を見ると、国の一般会計ベースで10兆8000億円強の赤字となっており、未だに財政赤字が膨らむ構造が続いているのである。PB赤字は2017年4月の消費税増税を経ても解消しないであろう。

 

 麻生太郎副総理兼財務相は「2020年度の(国・地方の)PB黒字化目標に向けた第一歩として、ふさわしい予算になった」と自賛したが、景気回復による自然増に頼った2016年度予算編成を見ていると、その道のりは未だに遠いと言わざるを得ない。


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丘山 源(おかやま げん)

 大手メディアで政策形成プロセスを長く取材。現在は研究職として、政策立案と制度運用の現場をウオッチしている。