●治療技術の確立と未確立では違うイメージング技術への期待


 この連載では、分子イメージング技術の進歩が、創薬という探索現場で急速に活用され、さらに開発された新薬の効能効果の測定、作用機序の確認、あるいは適正な用法用量の設定、さらには審査承認のツールとしても活用される状況を、ごく簡単に現状を示しておきたいという目的で説明を進めている。


 しかし、分子イメージングという技術そのものの理解が中途半端では、創薬への活用へのイメージも掴みにくい。少し回り道になるが、分子イメージングという技術そのものを今回は浚っていくとともに、医療現場でどのような展開が期待されているか、みていく。


 分子イメージングが最も汎用されているのはPET検査であることは前回も示したが、その汎用を助けたのはPETトレーサー、標的薬の開発に負っている。実は分子イメージング技術はPETトレーサーの開発と不可分なのである。多くの人は、当たり前ではないかと思うだろうが、一般にはPETというとPETカメラのイメージが強い。


 PET検査が、がんを見つけ、転移を調べ、分子標的薬の効果を測定するという診断ツールとして確立したなかで、その手法を使って、様々な核種をPETトレーサーとして開発し、疾患に適応する物質の発見、製剤化への道筋付けなどを行うのが「創薬」への応用だ。分子イメージングは、診断機能としてその役割を得たうえで、診断機能の付加的、多義的技術のひとつとして、PETトレーサー開発を軸に創薬開発への期待を担っているのである。


 それを前提にすれば、現在、分子イメージング技術は診断と創薬開発、つまり診断としての高機能コンパニオンドラッグ、および治療薬開発の時代に向かいつつある中での切り札的な存在であることが理解できる。つまり、分子イメージングによって診断から治療まで進む時代に足がかかっている状態だといえる。そして、その技術の応用で最も期待が強いのが認知症分野なのだが……。


●エポック的な話題になっていない「フルテメタモール」


 今年4月に、GEヘルスケア・ジャパンと日本メジフィジックスが共同で、「βアミロイドイメージング市場を目指す」と題したニュースリリースを出した。その概要をみよう。


 これは、PET検査で使用されるβアミロイド検出用薬剤「フルテメタモール」の国内開発に向けた協力体制構築のインフォメーション。要点は、「国内における開発にあたり、GEヘルスケア・ジャパンは、病院施設内に設置されたサイクロトロンの使用による院内におけるフルテメタモール合成を前提に、すでにGEヘルスケア・ジャパンが国内で販売中の放射性医薬品合成設備にフルテメタモール合成用カセットを追加するため、3月20日付で医療機器の一部変更承認申請を行ったこと」と、「日本メジフィジックスは、フルテメタモールの医薬品としての国内承認申請を目指し、3月26日付でGEヘルスケア(英国)とライセンス契約を締結した。日本メジフィジックスがすでに国内で供給している他のPET検査用放射性医薬品と同様に、全国に保有する日本メジフィジックスの製造拠点からフルテメタモールを供給することで、より多くの医療現場で同剤を使用したPET検査が行えるようになることを目指す」ということである。


 フルテメタモールについて同リリースでは、「アルツハイマー病(AD)や、他の認知障害が疑われる成人患者の脳内でみられる老人班の主成分であるβアミロイドの沈着の画像化を目的に開発された。脳内で蓄積されるβアミロイドの増大は、ADの重要な病理学的特徴であり、脳内で蓄積されるアミロイド班は、脳神経に悪影響を及ぼすといわれている」と説明している。なお、フルテメタモールは米国ではすでにGEヘルスケアが医薬品としての承認を取得している。


●FDGのデリバリーのようなニーズは期待できないが


 日本メジフィジックスは、がん診断検査を行うPET検査トレーサーのFDGを開発した。FDGそのものは97年から製造を開始したが、FDGの製造拠点づくりに着手し、デリバリー体制の構築に動き出したのは05年からだ。07年には全国9ヵか所で製造設備ができ、全国配送網自体が完成し、沖縄以外での全国デリバリーが動き出した。2000年頃からPET検査はがん診断の有力なツールとして認識され始め、保険適用になってからは一気に全国に波及した。


 当初のPET検査は、院内のサイクロトロン(薬剤に使用される放射性同位元素を製造する加速器)によって、FDGが製造されていた。そのため早期からがんPET検査に着目していた医療機関は、競って院内にサイクロトロンを設置した。当初はPETカメラを持つだけではPET検査は行えなかった。2000年当時、PET検査を行うための整備コストはサイクロトロン、PETカメラ、関連インフラを含めると初期投資だけで10億円を超えるとされ、保険適用がなかった当初は自由診療のため、会員制施設としてPET検査が宣伝されていた時代もある。


 日本メジフィジックスのFDGのデリバリーは、PETカメラを持つだけでFDGが供給されるため、多くの医療機関に期待され、全国供給網整備を同社が急いだという経緯もある。FDGは半減期がほぼ3時間で、日本メジフィジックスの製造拠点と医療機関を結ぶ時間はその3時間が限界点。そのため、日本メジフィジックスは全国9ヵ所に製造拠点を整備してきた。今後も需要に応えていくために、いくつかの拠点での製造能力を高めるため、サイクロトロン増設の可能性も生まれているようだ。


 つまり、がんで成功したPET検査をβアミロイドの蓄積検査でも応用するノウハウが日本メジフィジックスにはあることになり、国内でもフルテメタモールの承認が期待されるという図式になる。


 ただ、がんの場合は、すでに治療の手段が確立している。化学療法、手術、放射線治療のスタンダードがあり、その個々の開発はまだ進められているものの、治療法があるためがんの診断技術が即応できるという大きなメリットがある。一方で、認知症の場合は、トレーサーが医薬品承認され、βアミロイド蓄積情報が可視化されるようになったとしても、治療に即座に結びつかないという状況にある。薬事承認当局などでは、βアミロイドを除去することや、それが認知症治療の切り札になるのかどうかの評価が先ではないかという議論も多いという現実がある。βアミロイドの蓄積が、即「認知症」という診断につながらないという、その途上にある中で、フルテメタモールを使ったPET検査が活発化するかというマーケティング上の観測もまだ十分ではない。


 主にがん診断に使う「体内診断用放射性イメージング剤」と、認知症を標的にする「アミロイドβイメージング剤」の存在感は、現時点では上記のようにかなりまだ落差がある。しかし、βアミロイドのトレーサーは、逆にいえば認知症治療薬開発の、早期リスク者の発見とそれらを標的にした治験の有力な検査診断薬として、医薬品開発側からは期待が強い側面もある。つまりβアミロイド治療薬の開発途上では、患者選択に必須の診断薬になるのである。


 次回は「体内診断用放射性イメージング剤」の現状と、がん標的治療薬の開発動向を中心に分子イメージングの現状をみる。(幸)