●多用途なのに評価体系が確立していない分子イメージング剤
今回からは「体内診断用放射性イメージング剤」の現状と、がん標的治療薬の開発動向を中心に分子イメージングの現状をみていこう。
放射線医薬品による検査は、現在国内で約1200病院が行っていると推定される。総病床数は50万床近い。特定機能病院は当然だが、高度急性期、急性期病院のほとんどは行っているとみていい。つまり、急性期病院では当然の検査となっている。
供給メーカーや主な実施医療機関などの情報を総合すると、放射線検査領域は、腫瘍と中枢領域、循環器領域に集中している。高度先進的な医療技術の提供が行える医療施設と、そのニーズが一致することは当然だ。
腫瘍領域では、がんの病期・再発診断、中枢では脳循環障害の診断、認知症等、変性疾患の診断、循環器では、虚血性心疾患の診断に使われることが多い。こうした疾患領域は、当然のことながら、今後も新薬開発の大きな標的とも一致する。単に治療薬だけではなく、早期診断、早期治療のツールとしての期待と役割も拡大することは当然だが、コホート研究の進展や遺伝子診断などと合流して、いわゆる「先制医療」の有力な手段として今後の研究ターゲットの最大の分野となることは目に見えている。
特に治療薬開発に際しては、今後の10年間に市場導入の決め手となる、医療技術評価(HTA)、医療経済効果の測定、評価のシステム導入が必至だとみられており、開発された新薬の臨床的意義を説明する方法、手段として放射線医薬品診断、特にPETトレーサーを使ったケースデータの集積が必須になってくると見込まれる。ことに、治験に際して、その画期的有効性や安全性評価でのシミュレーション機能としても、最大のツールとなることが予測されている。
医薬品開発だけではなく、医療現場では、手術適用の可否判断に関して、これまでのような侵襲的な診断技術の適用が難しい例や、技術的難易度が高い疾患に非侵襲的に使用できる分子イメージング剤の開発が今まで以上にニーズが高まることも予想される。
また、がんの場合、分子標的薬などの進歩を反映して外来化学療法のニーズも活発化することが予想され、部位の特定、標的部位への適正な投薬手法の開発も相まってくる可能性は非常に高い。当然、放射線療法の照射部位の診断精度は、現在以上に高い水準が求められることが予想される。特に、こうした分子イメージング開発が期待される要素の一つとして、高い診断精度の確保が、より効率的な医療提供へとダイレクトに結びつくことへの期待も大きい。
治療薬開発における開発コストへの低減効果もあるが、医療現場での当該治療薬適用患者の選択、診断検査自体の侵襲性の低減とコスト低減などなど、分子イメージング技術の開発は、医薬品開発費用を含めた医療全体のコスト削減、あるいは適正な医薬品使用、治療方針の確立といった幅広いメリットが想定されている。
しかし、こうした技術開発が、どうも一般的ではないところに、この国の問題も潜んでいる。何を急ぎ、何に効果的に資源を投入するべきかの政策判断がおざなりにされている現状はやはり改善されていない。そのため、分子イメージング剤の開発企業や研究者に、横断的な評価の統合機能、インセンティブ策の構築の役割を期待されているのがAMEDなのである。
●いつまでもアカデミア主導の弱点
分子イメージング剤の開発がある意味、上述してきたような治療薬を含めた医療費資源の適正化、効率化に資することは明確な以上、これを早期に推進し、いろんな評価段階の中で適用していく統合的な政策の確立が求められるわけだが、開発側のリスクはまだ正当に評価されているとは思えない。特に、現状では、分子イメージング剤開発・研究がアカデミア主導の印象が強いことが、弱点になっているという状況も垣間見える。
例えば、画期的な腫瘍治療薬が開発されたとしても、今後の抗腫瘍薬は分子標的薬が中心となり、それも遺伝子診断などの付帯的技術を活用して、適用患者の選択、適用部位、適用期間などの判断が必要になってくる。そうした場合に、それらの判断材料となり、確定する大きなツールである分子イメージング剤が必須だが、それが当該の治療薬開発と同時に選択的診断薬として開発される状況も主流になる。いわゆる「コンパニオン診断薬」が同時に開発されるという状況がすでに生まれてきている。
しかしコンパニオン診断薬には、開発側にはリスクがある。例えば治療薬では、一定の診断が確定すれば、当該患者の治療にほぼ何度か、あるいは反復的に使用されることが想定される。保険適用されれば、その画期性判断を加味して高い薬価がつけられる期待は大きく、開発側のリターンも大きい。しかしコンパニオン診断薬は主に診断時に、ほぼ一度だけ使われるのみで、開発費用に見合った償還額が期待できるかどうか、微妙な問題が横たわる。このため、こうしたいわゆるコンパニオン診断薬の開発は、一部の放射線診断薬専業的なメーカーとアカデミアに委ねられるという構図が続いている。
言い過ぎを覚悟で眺めれば、日本のアカデミアは企業との戦略を共有するノウハウを確立しているとは言い難い。そのため、特許などの知的所有権、つまり知財確保に関して不分明な部分が少なくない。仮に企業との共同開発だとしても、そのリターンに関して関心が弱い。どころか、そうしたことに関心を寄せること自体に忌避感が強い風土も大きい。
その意味で、コンパニオン診断薬の開発企業と、それに医師主導試験などで連携するアカデミア側にも、薬価政策を含めて適正なリターンを確保する戦略が必要であり、それを支援する何らかの公的制度が必要になっているのである。
●必要な支援のための統合的戦略の構築
むろん、公的セクターがこのような状態に無関心でいると断じているわけではない。2006年から始まった文部科学省の「先端融合領域イノベーション創出拠点の形成事業」では、産学官連携がより具体的な政策、政府戦略として明確になってきたし、今年からのAMEDのスタートはそうした動きをより戦略的に統合する意味は大きいようにみえる。その中で、やはりコンパニオン診断薬の位置づけの明確化は、もっとも急ぐべき課題のひとつともいえるのである。
ただ、初回に触れたように、現状ではコンパニオン診断薬の審査段階では治療薬開発の意義を優先する論議が強い。評価手段としてのコンパニオン診断薬が、治療薬評価の次に行われなければならない「順位づけ」の論理は、分子イメージングを中心とするコンパニオン診断薬に関する、開発側の懸念を裏付ける。こうした、新時代の治療技術に対する新たな審査評価体系を見直すという作業すら緒についていないという印象は大きい。
特に認知症治療薬が今後、画期的な開発が進むと仮定すると、その診断機能に対するニーズは相当なものになるという想像は容易だ。どこの時期で、何を根拠に認知症、あるいはMCIと診断するのか、治療の進行程度の評価をどうするのか、治療中止の根拠は何に求めるか、といった課題が生まれてくるのは火を見るより明らかで、そのときの有力ツールである分子イメージング剤、コンパニオン診断薬という存在の開発が同時で必然となるか、あるいはそれより先でなければ、治療薬自体の評価ができないのではないか。
また、治療薬のライフサイクルを延ばすことにもコンパニオン診断薬は有用だとする見方も広がっている。また、診断結果を主として画像で説明できるため、患者と治療指針を話し合う場合の有効性も無視できない。
次回からは主に、がん分野の創薬候補物質の探索に分子イメージング技術研究がどのように進んでいるのかをみたい。(幸)