【データヘルス計画・その6】


●システム事業者に仕事を作ったデータヘルス計画だが


 データヘルス計画は2013年6月に閣議決定された「日本再興戦略」で導入が決まったものであることは何回か説明したが、計画の土台になっているのは、08年から始まった特定健診・特定保健指導、いわゆるメタボ健診である。メタボ健診は、役所的にはその目的と効果について、難しく講釈する必要があるかもしれないが、要は健診受診率を上げ、生活習慣病リスクの高い人を拾い上げて受診勧奨する、あるいは定期的な保健指導を行って、重症化を抑制する、そのための受診者の行動変容を促すという仕組み、目的を伴っていた。


 しかし、その後、健診受診率は職域での健保組合主導の職場健診がルーティン化しているところは除くと、協会けんぽや国保では大きな効果はみせていない。国保を対象とする自治体では、30〜40%というのが健診受診率のレベルではないかといわれている。


 メタボ健診の実質的な失敗は、メタボリックシンドロームという言葉、腹囲を指標にした健康意識といった社会的認知効果はあったものの、現実に促したかった受診勧奨、効果反映、反映を検証する効果測定といったその後のパターンには結び付けられなかったことである。


 この背景にあるのは、レセプト活用に関する消極性だ。メタボ健診の結果とレセプトの連動がスムーズに進めば、受診勧奨者の把握は容易になるとみられるし、効果測定のツールとしてデータの立体性が生まれる。また受診勧奨者が受療に踏み切った場合、効果的な治療指針に活用できる、あるいは重症化予防へ治療方針も立てやすくなるというメリットが生まれる。しかし、ここに立ちはだかっているのが個人情報という壁だ。


 現実に、特定健診・特定保健指導の結果とレセプトの連動が行われているケースは少ない。事業所主体で行われている健診でも、その結果は健保組合、協会けんぽには情報反映されていないのがこれまでの概ねの状況である。むろん、国保でもこうした連携は行われていない。個人の保健情報が、事業所、保険者に共有されることは、その分、情報の拡散が広がることになり、個人情報漏洩のリスクは高まる。このため、こうした個人情報を暗号化し、一定のヘルスケアシステムへ政策への反映は匿名化で、地域特性や職域特性を把握する必要が論議されてきた経緯がある。メタボ健診は、保健情報として実はあまり役に立たなかったのだ。


●メタボ健診とは比較にならない幅広さ


 こうした問題を解消することを目的にしたのが、データヘルス計画である。「日本再興戦略」では、保険者が14年度中に計画を策定し、15年度から17年度までの3年間でデータに基づく生活習慣病対策をはじめとする被保険者の健康増進、糖尿病等の発症や重症化予防等の保健事業の実施および評価を行うとした。実際には14年度中の計画策定は健保組合であり、協会けんぽ、国保自治体は15年度中に策定することになっている。


 これまでにも触れたが、データヘルス計画は、健康・医療情報を活用してPDCAサイクルに沿った効果的で効率的な保健事業の推進を図るための計画である。メタボ健診と大きく変わったのは健診とレセプトデータをリンクさせることを打ち出したことだ。保険者に対して、レセプトなどのデータ分析、分析に基づく被保険者等の健康づくりの事業計画として、データヘルス計画を作成し、公表し、事業を実施し評価などの取り組みを求めるということだ。計画では、職域・地域における全体的な健康・受療状況の把握、保健指導の必要な人の抽出、情報提供、重症化予防のための「ハイリスクアプローチ」などを盛り込むことになる。


 こうしてスラスラと説明すると簡単なようにみえるが、実は計画の主軸は、データ分析とその反映計画にある。そして、多くの保険者はこうしたデータ分析のシステム構築のノウハウを持たない。話を逆から見れば、08年のメタボ健診導入時点で、特にレセプトとの連携システム、分析能力を持てば、すでにデータヘルス計画そのものはその骨格が完成していて当然だが、前述した個人情報の問題、レセプトの扱いに関する及び腰が邪魔になり、さらにシステム構築のノウハウを持たないことがアキレス腱となって、メタボ健診は保健事業計画としての体をなさなかったのである。しかし、厚生労働省もこうした課題に手を拱いていたわけではない。


 9月に明らかされた会計検査院の指摘はそうした事実を示す。メタボ健診の効果測定のために導入した健診データとレセプトの突合システムが実は機能していなかったのだが、これは実験的に約28億円の予算で厚労省が進めていたもの。医療機関での健診データとレセプト情報を厚労省が集めて分析、11年度には健診データ2361万件に対し、突合できたのは19%で、12年度は2465万件のうち24.9%だった。原因は両データ入力システムの番号表記の違いを克服できていなかったとされるが、結果からみると保険者のレセプト管理と、健診情報のシステム連携がいかに難しいかということがわかる。


●一企業のデータシステム開発でスタンダード化


 データヘルス計画が具体化したのは、システム構築という課題が一気に前進したからだ。レセプト請求システムや電子カルテなどで、医療界のシステム化に市場を作ってきたシステム業者が、前述した職域・地域における全体的な健康・受療状況の把握、保健指導の必要な人の抽出、情報提供、重症化予防のための「ハイリスクアプローチ」などを盛り込む一定のシステム開発に乗り込み、2020年度までには2000億円を超える市場が出現するとも見込まれている。


 実は、このシステム開発の先鞭をつけたのは、西日本のデータシステム企業だとされる。この企業は、後発医薬品の使用促進に関する医療費適正化計画の自治体システムなどで実績をあげ、特に先進的に後発医薬品使用推進を図ってきた自治体との協力を背景にシステム開発を行い、これを厚労省が評価し、一定のスタンダードとして成立をみたのが始めだといわれる。


 当該の自治体は、ホームページで保健事業による医療費適正化効果をまとめているが、例えば被保険者への後発医薬品使用促進通知では約1億3500万円(12年度実績)の財政効果があったとしている。このほか、11年度からは重複受診者訪問指導や、12年度からは受診勧奨者フォロー事業、生活習慣病放置者フォロー事業などに取り組んでいることを明らかにしている。後発医薬品使用促進通知以外の保健事業の財政効果額はまだ小さいか、公表はしていないが、効果測定も積極的に公表していく方針がみえている。


●市場競争は激しさを増す


 システム事業者の状況は、すでにかなりの競合状態を呈している。保険者別では、健保組合は14年度中にすでに計画が作られているところが多く、現在の受注相手は自治体だ。事業者のいくつかに話を聞くと、すでに受注競争は終盤。データヘルス計画の計画全体を提示し、入札に入るが、システム事業計画の提示と分析を手掛ける企業がコラボで進めるケースが多く、事業受注主体も当初のベンダー系から、携帯電話企業、コールセンター事業者、コンビニエンス企業まで、幅広い参入、あるいは参入計画が見られ始めている。


「計画を受注しているといっても、現在は計画書を提示している段階。健診・レセプトのデータ連結と分析、保健指導の費用対効果測定、つまりPDCAサイクルを本当に回すことができるのかは未知数の部分がある」と、システム事業者は言う。受診勧奨者や、重症化抑制で目に見える効果、つまり「医療費が本当に適正化されたか」の効果を出さないと、今回のシステム事業者自体の評価も分かれることになる。


 実は、後発医薬品使用促進通知も、前述の自治体のように効果測定を公表しているところもあるが、「本当は目に見えにくい」実情もある。厚労省が後発医薬品使用で、医療側に様々なインセンティブを与える政策が次々と打ち出されている中で、「通知」によって、被保険者の行動変容、つまり通知に示された先発品との差額を認識して後発医薬品使用に切り替えたかどうかの検証は実は不透明なのだ。「現実には、医療側へのインセンティブのほうがはるかに効果が大きいことはみんなわかっている」と、通知事業を受託している業者も言う。効果測定は、医療費だけなのか。「それ以外に客観的な指標がない、というのが率直なところ。


 例えば、CKD患者を抑え込んだ指標として、人工透析への移行をどの程度抑制したか、というのが指標になるという見方もあるが、では比較するものを何にするのかが難しい。医療系のベンダーほどそういうことがわかっているから、とにかく現在はデータの結びつけ、分析、そういう技術的な側面だけが、競合ポイントになっている」。データの扱いに慣れている、データ同士を結ぶのが得意だが、受診者の行動変容を促すノウハウについては心許ないのが現状といえるだろう。それらが組み合わされて、効果測定が行われ、PDCAサイクルが回ることになるが、現状ではどこかでサイクルが止まる可能性も少なくない。


●入札予定価格は800万円超レベル


 システム事業者の受託額はどのような実勢価格で進んでいるのか。計画書を出し、データの結びつけ、分析はすでにスタンダード化したソフトがあるので、自治体の規模の大小で価格の上下は少ないのが現実だ。要は、計画に沿って極めて機械的にデータを集め、統合し、分析するかであり、「できるのは金太郎飴のように受診勧奨者を抽出して、それを自治体に丸投げするまで。行動変容をどのように形として示せるかは未知」なのだ。


 そのため、現行は計画書の提示で入札が行われており、事業者の能力測定までは自治体側にもノウハウがない。当初段階では、1自治体の入札予定価格は800万〜900万円が相場だったが、現在もそれにはあまり変動はない。しかし、年度も半ばを越えてくると応札価格は急速に低下している。それだけ参入業者が増え、競争は激しくなっている。持っている測定などの技術さえあれば、計画書は教科書があるので割合簡単に出せる。すでに応札価格は200万円台という業者も出始めているのが実情だ。


 システム事業者にも懸念はある。今後は分析などハード部分ではなく、いわゆる保健事業のソフト部分、受診勧奨や重症化抑制などにどれだけ具体的な計画を「実行」できるかにかかるが、システムの中に「人の行動」を組み込むことは容易いことでないことは素人でもわかる。それによってシステム事業者の振り分けが始まる可能性も大きいのだ。事業者の中には、「人と常に接している事業者、コンビニ、飲食店チェーンには、人の行動パターンを読み込み、アクセスできるノウハウがある。そうしたノウハウと医療系ベンダーがコラボするという形が普遍化するかもしれない。


 要するに今度のデータヘルス計画は特定健診・特定保健指導のときよりはるかに幅が広いものを要求される。逆にいえば、あらゆるジャンルに参入のチャンスがある」という。実際、大手コンビニには実験的にデータヘルス計画のPDCAサイクルを回すシステム開発を進めているところもあるという。そこには、情報端末で勝負できる携帯電話会社とのコラボもチラチラする。


 それでもシステム事業者の懸念はまだ深くなる。「一応、それで現在のデータヘルス計画に基づいたPDCAに対応できたとしても、やはり国は本音の次の一手を求めてくると思う。つまり、医療費の抑制。団塊の世代に医療機関受診させない保健指導システムを作れといわれるかもしれない。制度的にインセンティブを働かせたほうが合理的だし、効果的だと思うが、政治は不人気な制度改革はしたくない」。事業者の懸念は、実は医療費抑制のための保健意識の変容を求められるところまで深まっている。健康長寿時代はデータヘルス計画の受託者に、チャンスを与えつつその後は重荷を背負わせるかもしれない。


「データヘルス計画はシステム事業者に仕事を作ってくれた側面はある。市場ができあがったら、国が打ってくる次の一手がどうなるのか。照準は団塊の世代が後期高齢者になる2025年より前」という言葉にはリアリティがある。とりあえず3年間が過ぎる18年3月にデータヘルス計画市場がどうなっているか、政策にどのように組み込まれるかは注目されるだろう。決め手は「マイナンバー制度」だ。(幸)