ブルーベリーの黒みがかった青色やツタの黒か緑に近い濃紺色、イヌホオズキやヨウシュヤマゴボウの光る黒色など、野山の果実で熟すと黒から紺色になるものは結構思いつくが、鮮やかに、濃く綺麗な青色の果実、となるとそうそう思いつくものではない。里山の道端なら、草木染めの青色染料にもよく使われるクサギの実があるかなあ、という程度だろうか。しかし、実はこの季節にとても綺麗な真っ青な実が、もしかすると勤務先やご自宅の玄関先にも、街中の大通りの植え込みにも、あるかもしれないのである。そう、ジャノヒゲの実である。

 

ジャノヒゲ


 ジャノヒゲは知っていても、それに実がつくことは知らなかったとおっしゃる方もおられるのではないだろうか。ジャノヒゲの花茎はふさふさとした葉の茂みの下に隠れるようにしてつき、京都だと梅雨時分に花が咲くが、開花後に実がついてもその花茎が伸びるわけではないので、冬でも枯れないジャノヒゲの葉の束の下に実は隠れたままなのである。葉をかき分けると、この冬の時期には下向きに控えめに、でも美しく青く光る実を見つけることができる。


ジャノヒゲ(かきわけ)


「実」という植物学的に言えば曖昧な表現を使ったが、実はこのジャノヒゲの青い丸いものは植物学的には種子なのだそうである。どアップの写真を見ていただくと、確かに、果実の付いている柄のところに、脱いだ皮のような灰色っぽい色の残骸がある。これが、もともと種子を覆っていたが種子が大きくなったために破れて脱ぎ捨てられた子房、のようである。


ジャノヒゲの実


 さらに、この真っ青な種皮を剥くと、真っ白で硬い中身が出てくる。ツタやイヌホオズキの実のように柔らかくて水っぽい中身があって、指で押せば潰れるのかと思いきや、ジャノヒゲの実にはそういう水っぽい部分はまったく無くて、青い皮は薄く、大きくて真っ白な硬い丸いのがころんと出てくるのである。初めてそれを剥いてみたときには、「目玉みたい」思わずそう、独り言ちた。ジャノヒゲという和名は、葉が龍の髭のようだからつけられた、と説明されているものが多いが、この目玉のような真ん丸な種子プラス髭で、龍というイメージになったのではないか、そう思うほどである。


ジャノヒゲの花蕾


 ジャノヒゲは、常緑であること、繁殖力が強いこと、踏まれてもなかなか枯れないこと、草丈が高くならないので邪魔にならないこと、虫がつきにくいこと、など、人間に都合の良い性質を多く供えていることから、いわゆるグラウンドカバーとして造園分野で汎用される植物である。しかしながら、地下部は生薬として利用され、立派な薬用植物でもあるのである。


 ジャノヒゲの根は葉の幅より少し細いくらいの太さだが、地中深いところでは伸びた根の途中ところどころに紡錘型に太った部分ができる。生薬にするのはこの紡錘型の部分で、名前を麦門冬という。かつては大阪にも麦門冬の栽培地があったそうだが、現在では生薬用に商業栽培している日本の農家はほとんどないだろう。


 ジャノヒゲによく似た植物にヤブランがある。葉だけが茂っている状態では、なかなか素人には見分けがつきにくい。一番はっきり区別できる点は上述の実の色で、ジャノヒゲは鮮やかな青色だがヤブランは光沢のある黒色である。また、花茎が葉の茂みから長く上に突き出し、綺麗な花を見えるようにつけるのがヤブランで、花茎が伸びず、葉の茂みの中で開花・結実するのがジャノヒゲである。加えて、ジャノヒゲの方がヤブランより開花時期が1ヵ月ほど早い。


ヤブランの実


 ジャノヒゲとヤブランは地上部のみならず、掘ってみれば地下部もそっくりで、中国と韓国ではヤブランの地下部も生薬として利用する。両者は薄層クロマトグラフィーや顕微鏡での形態観察では識別が難しく、核酸配列を利用した方法なら識別することができるようである。


 最後に、生薬“麦門冬”の漢方での使われ方を少し紹介すると、麦門冬は麦門冬湯をはじめ慈陰降火湯、炙甘草湯、清暑益気湯などの慈陰剤に分類される漢方処方にしばしば配合されており、肺や気管支のトラブルに効果が期待される生薬である。特に麦門冬湯は、痰の切れにくい咳、反射性の激しい咳に効果があるといわれている。

 

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伊藤美千穂(いとうみちほ) 1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。