下痢しやすい、便秘がち、いつもお腹が張っている等々、何かしらの“お腹の症状”を抱えている大人は少なくない。さまざまな腹痛の原因やお腹の健康を保つ方法について、コンパクトにまとめたのが、『知っておきたい腹痛の正体』である。
下痢になるのは、男性がやや多い。病原性大腸菌やコレラ菌などの毒素の影響を受ければ、その可能性は高まる。自分が大人になってなったのが、牛乳を飲んだら下痢をする「乳糖不耐症」だ。乳糖を消化する酵素が不足していることから生じる。〈過敏性腸症候群の下痢型においては、男性の方が多いことが明らかになって〉いる。〈男性の方が、社会的ストレスが多いから〉という説もあるようだ。これらはほんの一例に過ぎない。下痢の原因はさまざまなのだ。
一方、〈慢性の便秘に悩む方は女性の方が多く、特に20~40歳代では、女性の方が圧倒的〉だという。男性の場合、〈健康診断などで メタボリック・シンドロームや糖尿病、あるいはそれらの予備軍と診断されたことから、比較的簡単に実行できる糖質制限ダイエットにとびつき、その結果、排便障害になる〉人も見られる。糖質を制限する際に、食物繊維の摂取量が大きく減少してしまうようだ。
本書が警鐘を鳴らすのは、排便できないことへの不安から、過度に下剤を用いてしまう〈下剤依存症〉だ。〈若い女性の間では、便秘になると体重増加(肥満)につながるので、それなら、下剤で排便を促せばやせられると思い込んでいる方がいます。こうしたことからはじまる下剤依存症も少なくありません〉という。
精神的な依存が深まり、服用量を増加させてしまうケースも多い。〈特にセンナ、大黄、アロエ、キダチアロエ等を含有しているアントラキノン系下剤〉については、継続的に使用することで、大腸の内部が褐色から黒色になる「大腸メラノーシス」(大腸黒皮病)にかかってしまい、この変化が腸神経にも広がることで、〈便秘状態をさらに悪化させる危険性〉があるという。
危険性があるのは生薬も同じだ。〈便秘に効果があるとされる漢方製剤は、ほとんどが大黄を含有しているので、子供でも大腸メラノーシスになる危険がある〉だけに要注意だ。
気を付けたいのが、健康食品やサプリメントだ。本書で指摘されていたのは〈腸によいお茶、ダイエットに効果的と宣伝されるセンナ茶〉。サプリメントにも、長期間摂取していると大腸メラノーシスが発生するケースがあるという。
健康食品もサプリメントも薬より入手や使用の心理的なハードルが低いだけに、気づかぬうちに“下剤依存症”になってしまうリスクがある。
天然素材由来など、一見、体によさそうな“売り文句”で販売されているが、薬と違って通常は安全性試験が行われていない。以前から指摘されている点だが、あらためて健康食品(特に成分を濃縮したもの)やサプリメントには注意したいものである。
■異常なしでも不調の「機能性ディスペプシア」
たかが下痢や便秘と侮るなかれ。大腸がんなどが下痢の原因となることもある。腹痛もしかり。なかには〈一刻を争う急性腹痛〉もある。腸閉塞や虫垂炎(昔でいう盲腸炎)はよく知られるところだろう。本書では腹痛の場所や種類、激しさなどの情報から、考えられる病気を列挙している。腹痛の正体が何なのかを探る手掛かりになる。
近年出てきた新しい概念が、食後の胃もたれや、腹部膨満感、食欲不振といった症状がありながら、内視鏡検査など精密な検査を行っても器質的な異常が見つからない「機能性ディスペプシア」と呼ばれる胃の不調だ。従来は慢性胃炎や神経性胃炎などとされることが多かった。
機能性ディスペプシアが増加している背景には、〈欧米型の肉が多い食事や北欧型の乳製品過多の食事、スパイス過剰な東南アジア型〉に日本人の食生活が変化してきたこともあるとみられている。また、〈精神的な要因も大きいとの報告〉もある。過敏性腸症候群と同様に、ストレスは胃にも悪いのだ。
昔から〈日本語には「断腸の思い」「はらわた(腸)が煮えくりかえる」「胃が痛くなる」など、胃腸と気持ちに関わる慣用的表現〉がいくつもある。日本人は、ストレスが胃腸に影響を与えることを昔から知っていたのだ。日頃からストレスを抱え込まないようにしたいものである。
「酒飲みに便秘はいない」との“俗説”どおり、自分もめったに便秘にはならない。本書によればあながちウソでもなさそうで、〈腸管での水分の吸収が阻害されるので、便の内容物に水分が増えてしまうことから、下痢をおこしやすくなる〉という。
ストレスを軽減して、便秘にもならない――。また酒を飲む“方便”ができてしまった。下痢にならないためには、ほどほどが肝要だが。(鎌)
<書籍データ>
松生恒夫著(ちくま新書760円+税)