●医薬品開発のプロセスの革新性にインパクト
今回は最終回として、放射線イメージング薬の安全性確保、その規制の動向、ポイントなどを眺めていく。
マイクロドージング(MD)で象徴されるように、分子イメージングの世界は、その利点として、ヒト試験までの効率性が挙げられるのは理解されるところだ。スピードと正確性がなくては、分子イメージング技術の進歩はなかったし、それを創薬に活用するという考えそのものも、まだはるか遠い地点にあったかもしれない。そのことは逆にみると、分子イメージング技術を活用した創薬開発に関しては、安全性への認識も高いということを推測させる。当然のことだが、創薬においては安全性はもっとも重視されるカテゴリーであり、それゆえに分子イメージング活用による創薬の「スピード」は安全性についても、強い期待があるわけだ。いや、安全性というハードルを素早く超えるための技術としての存在感が強調されなければならないのかもしれない。
MDでは、単純に言って、動物からヒト試験へのステップアップを、ごく微量の成分投与で安全性を確認できるとされる。むろん、それはその技術の特徴を説明される中で生まれてきた「期待」であり、それを科学的に証明し、その段階を教科書とし、規制としてのガイダンスとして確立する必要がある。そのため、分子イメージングおよび、その主力である放射線イメージング薬に関するレギュラトリーサイエンスについても、論議が進んでいる。ここではその流れをごく簡単に紹介していく。
●合成装置の承認にみる国際間の落差
放射線イメージング薬のレギュラトリーサイエンスに関しての論点は、低分子薬、抗体医薬、細胞(再生医療系)の各分野ごとに安全性基準の考え方が論議されてきた。さらにそこに臨床評価基準、それらを作製する合成装置の医療機器承認申請の考え方が一体化される必要があるというのが流れだ。むろん、一部については、すでに標準化され、ガイダンスとなっているものもある。
ここで、課題として取り上げるのは、PET薬剤のヒト臨床を始めるまでに安全性試験がどのように進められているか、その実際例、合成装置の医療機器承認申請に絞ってみる。ちなみに合成装置の医療機器承認申請が薬事規制対象となっているのは、日本だけである。
MD臨床試験の実施に関するガイダンスは、08年6月に出された。その手前である非臨床試験に関するガイダンスは10年に出されている。これらのガイダンスは、ICH-M3のガイダンスが下敷きになっているが、研究機関、研究者レベルではこの基準を適用するのは可能だが、投与される被験者や、患者の数が多くなるにつれて、リスクの増加度合いが増幅することに配慮いしなければならないというのは常識化している。ここに、医薬品開発における安全性試験に対する感性は、規制基準以上のものであることが必要だという、概念が浸透し始めている萌芽を見ることができる。特に日本では、審査当局にもこの考え方が強いのは周知のとおりだ。
安全性基準を概略的にみる。MDによる非臨床安全試験はPET薬剤の場合は、100μg以下でげっ歯類1種について拡張型単回試験を行うこととされている。薬用量などに関するガイドはここでは省く。
一方、検証的臨床試験および承認申請のための安全性評価基準は、生殖毒性試験は適切な科学的根拠があれば免除されることになっている。また被験者や患者が妊娠している場合、あるいは化学構造の特徴や類似薬の毒性データなどから生殖毒性の懸念のある場合を除いて、生殖毒性試験は原則免除される。遺伝毒性試験は、投与量は少なく、十分な投与間隔を置き、投与回数も少ないため、ICHでは不要との結論が示され、これを準拠することになっている。
レギュラトリーサイエンスというと、規制的であって、後ろ向きのイメージを持ちやすいが、PETイメージングは抗体医薬の開発では重要な位置を占めつつある。抗体医薬の場合、新規の抗体医薬の開発では、臨床開発初期に全身薬物動態、組織移行性を把握することが重視されることから、複数の開発候補品から最適な組織・臓器移行性のプロファイルを有するものを選択できるという点で非常に有効だというのが共通理解になっている。抗体投与量がごく少量であるというPETイメージングの特徴が、抗体医薬開発では大きな武器になっている。
むろんガイダンスも整備されており、12年4月には、「医薬品開発におけるヒト初回投与試験の安全性を確保するためのガイダンス」が示され、抗体の機能を考慮した安全試験の実施を求める内容となっている。細胞治療による再生医療のモニタリングも分子イメージング技術の活用が期待されているが、分化細胞の増殖能の観察、コロニー形成、不死化細胞の培養試験観察などへの活用が途上にある。
●臨床開発のフェーズを変えるのかどうか
臨床評価基準について、その実際は現状はどうなっているのか。PETイメージングを組み込む治療薬の治験では、当然だがGMPのクリアがポイントになるし、イメージングの定量化と標準化、治験届とコンパニオン診断薬などの課題がこの辺で生まれてくる。
この臨床評価基準の特徴、課題を整理すると、臨床開発の段階の程度にかかわらず、投与量、投与回数、投与期間が増加することはないということが第一に挙げられる。つまり、これまでの治療薬との臨床試験の方法論はまったく別物だということだ。
そのため、治療薬での一般論であるフェーズⅠ、Ⅱ、Ⅲのそれぞれのフェーズごとの治験の内容、形式が必要かどうかということが論議となる。分子イメージングの研究者たちには、従来の手法によるフェーズごとの治験に必要性に疑問を持つ人少なくない。要は、放射線イメージング薬の臨床評価に適した形式や、方法論を確立するということになる。PET薬剤の特性を考慮し、適切な探索的臨床試験、検証的臨床試験を実施するガイダンスを確立することが、今後必要とされるかもしれない。ただ、試験の革新性ばかりを強調するのではなく、これまで確立されてきたフェーズごとの治験と評価手法は、今後も重要との意見があることにも触れておく。
●立場の相違を確認しあう時期
分子イメージング技術および、そこから生まれる診断技術と治療薬開発は、人間の最後の疾患と思われるがんと、認知症への期待が強いのは周知のとおりだ。逆に言えば、分子イメージング技術は、人間の寿命をさらに延ばす技術となる。米国FDAなどは、そうした期待をこめて、04年に新薬開発の成功確率を高めるための戦略文書として、放射性イメージング薬の医薬品開発への活用の重要性を明確化している。
認知症に関しては、アミロイドPET薬剤の開発は急速に進んできた。特に欧米系医薬品、医療機器産業のこの分野に対する投資意欲は並々ならぬものがある。ただ、日本では合成装置に関する薬事承認に関して、国内当局と外資系企業の摩擦もすでに起こっており、例えばアミロイドベータを観察するコンパニオン診断薬の意義についても、国内当局、および関係研究者の認識が、必ずしも分子イメージング研究者と一致しているわけではない。このあたりの、分子イメージング技術とその応用に関するレギュレーションに対する基本的な相違、立ち位置の修正も日本では大きな課題として指摘できる。
がん領域については、FDG-PETの弱点、潰瘍や炎症との差別化が苦手だったり、正常細胞へのグルコース取り込みが活発な脳腫瘍や、排せつ部位の膀胱がんや前立腺がんには発見割合が劣るという問題がまだ十分な解決をみていない。放射線治療や化学療法後の効果判定、原発巣確定、転移などに対する2次的活用についても、まだ技術的には途上にあるとみるのが一般的だ。これらの欠点を補うPET分子プローブの開発が現段階では盛んに行われているという認識が必要だ。
特に忘れてはならないのは、こうした分子イメージング技術は、新規治療技術や治療薬の評価指標としての役割が大きいということだ。その意味で、イメージングバイオマーカーが目的別に開発され、臨床試験に組み込まれていくと、開発速度を引き上げ、その精度も大きく向上させることになる。つまり、分子イメージング技術は、診断技術、医薬品開発におけるプロセスの革新を飛躍的に進めるもの。人々にとっては極めてインパクトの強い研究分野だということができる。(終)