政府は2月5日、食料品(酒類と外食を除く)、新聞を対象に、本来の税率(標準税率)よりも低い税率を適用する軽減税率を導入する法律を閣議決定した。消費税は生活必需品も含めて全ての消費活動に課税するため、低所得者の影響が大きくなる(いわゆる逆進性)。そこで逆進性対策として軽減税率の導入が決まり、2017年4月の消費税引き上げに際してスタートする予定だ。 


 軽減税率は古くから消費税を導入している欧州で一般的である。しかし、軽減税率は様々な問題を含んでいる。新聞への適用に関する疑問は別の機会に譲るとして、今回は軽減税率の導入が決まった経緯も振り返りつつ、軽減税率そのものの課題を考察したい。 


◇  軽減税率の問題点


 まず、軽減税率制度の概要を見る。閣議決定された法律案によると、外食の線引きは①テーブルや椅子、カウンターなどの設備がある場所で食事を提供する、②ホテルのルームサービスなど消費者側が指定した場所で加熱や調理、給仕などを行う—と定義された。これに従うと、出前や宅配、野球場のポップコーンは8%、ホテルのルームサービスや社員食堂・学生食堂、フードコートの食事は10%となる。ただし有料老人ホームなど「生活を営む場で一定の飲食料品を提供した場合」は8%に据え置かれるとしている。


 しかし、軽減税率は様々な問題を抱えている。第1に、軽減税率は低所得者だけでなく富裕層も恩恵を受ける。限られた財源を効果的かつ効率的に使うのであれば、低所得者を確実に支援できる「給付付き税額控除」の方が優れている。これは税額控除で控除し切れない残りの一定割合を現金で支給する仕組みであり、不正受給や所得捕捉などの課題があるとはいえ、軽減税率よりも確実に低所得者を支援できるメリットがある。


 第2に、経済活動に与える影響である。企業活動や市民の消費行動は複雑化、多様化しており、「外食」「外食以外」の線引きは難しくなっている。例えば、「アイスクリームやコロッケの買い食いはどうなるか?」などと議論し始めるとキリがなくなり、新しい業態や商品、サービスが生まれる度、国に解釈を確認する必要に迫られる。


 さらに、税制には企業や個人の行動に影響しない中立性が求められるにもかかわらず、軽減税率の適用を目指す企業の行動や消費を誘発する。他の税制や他国を見ると、似たような話は枚挙に暇がない。


 例えば、ビール風味の発泡アルコール飲料である「第3のビール」。これは酒税法上、ビールや発泡酒よりも税率の低い「その他の発泡種類」に分類される飲料を開発することで、値段を安く抑えようというビール会社の発想から始まった。その後、酒税の減収に直面した政府が「第3のビール」を一掃するため、酒税法を改正すると、新しいルールに対応した商品が開発されるに至った。歪んだ税構造が企業の活動に影響を与えたのである。


 消費面でも課税逃れの動きが生まれるかもしれない。カナダでは一度に5個までドーナツを買う場合、「その場ですぐに食べるので外食」と見なして標準税率、6個以上は「家に持ち帰るので食料品」と判断されて軽減税率になるという。そこで、軽減税率の適用を受けるため、ドーナツ屋の前で購入者が集まって、即席の「ドーナツ・クラブ」を作ることで共同購入するという「都市伝説」まがいの話もある。軽減税率が適用されれば、これに類した消費活動が起きる可能性があるのだ。 


 さらに、制度が複雑になると、国会やメディア、国民の監視が効きにくくなり、軽減税率に関する不透明な運用も懸念される。具体的には、軽減税率の適用を求める業界単体の陳情、それにまつわる政治献金、政治家から行政に対する口利きなどである。この点については、企業向け税制の特例措置(租税特別措置)で既に同様のことが起きており、複雑な租税特別措置の全体像を把握している人は国の担当者を含めて誰一人いない。このままでは軽減税率も似たような状態になるだろう。 


◇  軽減税率の政治過程


 では、なぜ問題が多い制度の導入が決まったのだろうか。以下は過去の政府や政党の文書から紐解いて見よう。 


 民主党、自民党、公明等による修正を経て、2012年6月に成立した税制改革法では、低所得者対策として政府案の「給付付き税額控除」に加えて、「複数税率」に言及していた。 


 このうち、給付付き税額控除は民主党の「肝煎り」政策だった。民主党政権が決定した「社会保障・税一体改革素案」(2012年1月)には消費税引き上げとともに、「(低所得者対策として)給付付き税額控除の導入に向け検討を進める」と規定していた。 


 一方、複数税率、つまり軽減税率は「国民の痛税感を緩和する必要がある」と考える公明党の主張であり、同党は2012年、2014年の総選挙公約でも軽減税率に言及していた。 


 しかし、公明党と連立を組む自民党は軽減税率に慎重だった。野党転落直前の自公政権が2008年12月に定めた「持続可能な社会保障構築とその安定財源確保に向けた中期プログラム」では複数税率とともに給付付き税額控除の必要性に言及していた。さらに、政権復帰後の2013年12月に決定した2014年度税制改正大綱でも、公明党に引っ張られる形で軽減税率の導入に触れているが、対象品目や区分経理、安定財源など様々な検討項目を付けていた。これは「軽減税率を導入するとしても最小限度」という予防線の意味が込められていた。 


 しかし、給付付き税額控除は受け入れられなかった。安倍官邸が「民主党色の付いた政策」として忌避したためである。さらに、財務省が2015年9月、「店頭では標準税率が課されるが、後で飲食料品にかかる消費税のうち2%分が消費者に還付される」という「日本型軽減税率案」を与党に示したところ、これが「分かりにくい」「筋悪」などと批判されたため、同年10月には白紙撤回を余儀なくされた。 


 その後、軽減税率を巡る与党協議が停滞すると、首相官邸は軽減税率に難色を示した野田毅自民党税制調査会長を同年10月に更迭。軽減税率の規模や対象範囲を巡る協議でも「導入時の対象は生鮮食品にとどめ、段階的に加工食品まで拡大する」として4000億円程度にとどめようとした自民党に対し、首相官邸は公明党の主張をほぼ丸呑みした。これには「今年夏の参院選、さらに衆参ダブル選を意識し、見返りを期待して公明党に配慮した」(自民党議員)との見方が流れている。 


 こうして見ると、効果や効率面で見劣りするにもかかわらず、政党のメンツや党利党略が優先された結果、軽減税率の導入が決まったと言える。今後、導入に向けた国会審議、制度の運用がどうなるか注視する必要がある。


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丘山 源(おかやま げん)

 大手メディアで政策形成プロセスを長く取材。現在は研究職として、政策立案と制度運用の現場をウオッチしている。