早春の花は黄色いものが多い。東京出張の新幹線の車窓からぼんやり風景を眺めていると、この時期には田んぼの一角が真っ黄色に色づいているところがある。ナバナであろう。薬用植物園でも、マンサク、サンシュユ、ミツマタ、クロモジ、レンギョウなど、いずれも鮮やかな黄色が順を追って楽しめる。
マンサク
サンシュユ
ミツマタ
クロモジ
レンギョウ
早春の花の色に黄色が多いのは、それらの開花時期はまだ気温が低くて、野外を飛ぶ虫が多くない時期なので、その数少ないハチやハエなどに効率良く見つけてもらうためであろうと説明されることがある。なるほどと頷きたくなる理由付けではあるのだが、ムシの眼に映る像はヒトのそれとはかなり違うだろうとは想像するものの、実際のところを知らないので、肯定も否定もする理由が見当たらない。果たしてこれらの花の、少しずつ異なる黄色がいずれもムシには魅力的であるのだろうか。魅力的なら他の季節もこの色の花が多くなりそうな気もするが、ほかをいろいろ思い浮かべても、早春はやはり黄色い花が多いように思う。
梅の香りがまだ残る頃、アンズが咲き始めるよりは一呼吸前にサンシュユの開花時期を迎える。野外を歩くのにはまだ少し肌寒い時期に開花するので、それと、ひとつひとつの花のサイズが小さいので、サンシュユの花は満開になってから気づくことが多い。よく見ると、4本の雄しべと1本の雌しべがあり、小さな4枚の花弁がある。街路樹や学校の校庭にしばしば植栽されるハナミズキはサンシュユと同じミズキ科に属する花木だが、いずれも花の構造は4が基本単位になっていて面白い。ナバナやダイコンなどアブラナ科の植物の花も、この科名が十字花科と呼ばれることもあるように4を基本単位とするが、植物界では実はこれは珍しい方らしく、果実や花の構造は3を基本単位にするものが多いと言われている(ピーマンやトマトを輪切りにしてその断面を見て欲しい。3が単位になっていることを確認できる)。
サンシュユ
花の後にはナワシログミのような大きさと形の実がたわわにつく。初めは緑色だが、秋口に葉が落ちる頃になると真っ赤に熟し、年明けまでしっかり枝にぶら下がっていることが多い。この赤い実が生薬の山茱萸になるのだが、山茱萸は漢方処方では八味地黄丸や六味丸、牛車腎気丸などに配合され、滋養強壮に効果があるといわれている。赤く熟した実(植物学的には偽果)は酸っぱくて少し甘く、よく味わうとえぐ味がある。この飽食の時代には美味しいとは言いにくい味だが、短い柄のついた光沢のある赤い実は見た目も可愛らしく、生薬の基原ではあるが専ら医薬品として使用される成分本質には分類されていないので、料理や加工食品、リキュール類にもっと利用されてもいいように思うが、乾燥させると色が黒っぽくなってしまうせいか、クコの実ほど人気はないようである。
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伊藤美千穂(いとうみちほ) 1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。