昨年10月の大筋合意を経て、2月4日、日本を含む12ヵ国が参加した環太平洋経済連携協定(TPP)の署名式がニュージーランドで行われた。このまま参加各国が批准すれば、発効となる。医療や医薬に関しては、以前から混合診療ほか米国型の医療システムがどっと入ってきて、国民皆保険のもと誰もが平等な医療を受けられる現在の医療制度が脅かされるリスクが懸念されている。


 一方で、昨年発表された13年度の国民医療費は初の40兆円超え。高齢化の進展でますますの医療費の増加が懸念され、医師不足や地域医療の崩壊など日本の医療が再構築を迫られている。


 日本にとって、どんな医療のあり方が望ましいのか——。日米の医療界を知り尽くした外科医があるべき姿を考えたのが『医療再生』だ。


 特に面白かったのは前半部分。米国の医療について記した本は多いのだけれど、本書は、客観的な数字と現場の体験から、その実態をよりわかりやすく、かつ生々しく描き出す。


 著者は、米国医療の影の部分として、「過度の商業主義の結果、弱者切り捨てと疑心暗鬼が渦巻き、その対策として数々のチェックアンドバランスシステムや訴訟対策に膨大なお金を浪費する効率と満足度の悪い医療制度」と記す。


 民間医療保険が基本の米国では、使える医療も加入している保険によって違うなど、「システムはますます複雑化し、書類の山を築きながら無駄なお金を浪費する」「外科医一人一人に専属の保険請求要員がついていないと医療費を回収できないほど煩雑で、効率が悪い」というから驚く。その結果、「300兆円に及ぶ米国医療費の約2割が事務費などの間接経費として消えていく」のだ。


 ちなみに、著者が勤務している東京慈恵会医科大学病院では、60人の外科医で保険請求スタッフは2人だという。


 そして、米国は訴訟社会。05年には、医療ミスに対して200億円(算出根拠はどうなっているんだろう?)という判決が出たこともある。著者も米国時代は「掛け捨てで年額およそ700万円の保険に入っていました」という。ちなみに、著者が「現在日本で払っている医師賠償責任保険料は6万円」。


 医療を受ける側だけでなく、施す側にとっても満足度が低いのが米国の医療だ。


■米病院の経営は診療部ごと


 もっとも、米国にも学ぶべき部分は多い。読んでいて感心させられる部分もあった。


 日本の医療関係者には、とかく金の問題に疎いとか、経営感覚がないと感じることが多い。実に8割近くの病院が赤字なのだけれど、無駄な医療機器を買ったり、不当に高額なシステムを導入しているところも少なくない。


 一方で米国では、「多くの大学病院が直接雇っているのは看護師、麻酔科医、放射線科医、病理医ぐらい。それ以外のスタッフは、各診療部が雇っています。/実は米国では、各診療部が病院内に場所を借り、それぞれが独自に経営しているケースが多いのです」という。


 過度な商業主義になってしまって無駄な検査をしたりするのは論外だが、日本の医師も早くから経営感覚を身につけて行くことは必要だろう。


 本書は、制度設計者だけでなく、医療提供者も患者も、どんな医療がいいのかをあらためて考える一助となる1冊だ。(鎌)


<書籍データ>

『医療再生』

大木隆生 著(集英社新書 700円+税)