2016年度政府予算が3月1日に衆院を通過し、年度内成立が確実となったことで、永田町、霞が関の関心事は夏の参院選に移りつつある。「反安保」で足並みをそろえることで、自民党の「一強」体制に臨む野党の路線が奏功するかが焦点となる中、参院選後の政局や政策動向を現時点で見通すのは難しい。

 

 しかし、それでもいくつか「補助線」を引くことで、将来を展望することは可能である。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」となるかもしれないが、本稿は既に決まっている政治、行政の日程を踏まえつつ、参院選後の財政政策や社会保障政策を展望したい。

 

◇  医療・介護は2018年度が節目


まず、制度改正の日程を考慮すると、2018年度が1つの節目であることに気付く。

 

 2018年度は2年に一度の診療報酬改定、3年に一度の介護報酬改定を同時に迎えるほか、5年に一度見直されてきた医療計画、3年に一度の改定サイクルである介護保険事業計画も見直されるため、これらの見直し論議は2017年に進むこととなる。

 

 さらに、都道府県が策定する医療費適正化計画についても、2017年度中に前倒し改定されることになっている。病床再編を目指す地域医療構想が2016年度中に策定されるのを受け、その結果を反映することが求められている。

 

 それ以外にもある。市町村が運営する国民健康保険の財政運営が2018年度から都道府県単位に変わる。これは国保財政の責任が市町村から都道府県に移ることを意味しており、地域医療構想や医療費適正化計画と相俟って、医療行政における都道府県の役割を大きくすることで、医療費を適正化しようという目的がある。

 

 さらに、介護保険の要支援者を対象とした給付の見直しも2017年4月までに移行が全市町村で終わる見通しであり、その成否も2018年改革に向けた見直し論議に反映されるだろう。

 

 つまり、医療・介護の制度改革は2017年に一斉に節目を迎えるのだ。

 

 一方、財政面ではどのような日程が設定されているだろうか。まず、「国・地方のプライマリー・バランス(PB、基礎的財政収支)を2020年度までに黒字化させる」という政府の財政再建目標である。昨年6月に閣議決定された「骨太方針2015」(経済財政運営と改革の基本方針2015)では、計画中間に相当する2018年度で目標に向けた進捗状況を評価するとしており、その時点でPBの赤字を対GDP比▲1%程度を目安とするとしている。

 

 しかし、その道のりは遠い。財政を再建する方法は増税か、歳出削減か、経済成長の促進による税収増加の3つしかないが、内閣府が今年1月に示した「中長期の経済財政に関する試算」によると、予定通りに2017年4月に消費税を10%に引き上げ、さらに経済成長率が実質2%以上、名目3%以上で高く推移したとしても、GDP比で見た国・地方のPBは2018年度で▲1.7%程度、2020年度で▲1.1%程度の赤字が続くとしている。

 

◇  国・地方のPB推計


                       

出典:内閣府ホームページ2016年1月21日、2016年第1回経済財政諮問会議資料から抜粋

https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2016/0121/shiryo_03-1.pdf


 このため、さらなる対応策が求められるが、現状は「2017年4月の消費増税までは別の増税を言いにくい」(経済官庁中堅)とされる中で、増税の選択肢は採りにくい。そうなると選択肢は歳出削減か、経済成長の促進になる。

 

◇  消費増税に暗雲


 しかし、経済成長も覚束ない状況だ。世界経済のエンジン役だった中国経済の失速傾向が浮き彫りとなる中、原油安、日本のマイナス金利政策による影響も重なり、株式市場は不安定な動きとなっている。これでは経済成長の促進による財政再建は難しくなる。

 

 さらに、2017年4月の消費増税でさえも先行きが不透明になっている。確かに安倍晋三首相は2014年11月に消費税引き上げ延期を言明する際、「財政再建の旗を降ろすことは決してない。引き上げについては、景気判断条項を付すことなく確実に実施する」と宣言。麻生太郎副総理兼財務相は「(景気への影響を理由に増税を先送りした)一昨年のような景気判断を行うことはない」としているが、経済情勢次第では先送り論議が高まることも想定される。

 

 そして、この場合でも「2020年度PB黒字化」という目標は変えにくい。増税先送りを決断する際、安倍首相は「2020年度のPB黒字という財政再建目標は維持する」と明言し、2014年総選挙の自民、公明両党の政権公約にも明記された。さらに、この目標はG7などの国際会議でも繰り返し表明されていることを考えれば、「2020年度PB黒字化」は国内外に約束した「公約」であり、これを覆した場合、国債市場の信認低下も懸念される。

 

 つまり、経済成長の促進が難しくなっていることに加え、さらなる増税だけでなく2017年4月の消費増税さえ難しくなっている点を考慮すると、「2020年度PB黒字化」という目標達成には歳出削減しか選択肢がないことになり、昨年に決定した「経済・財政再生計画」を超える対応が必要となる。

 

 こうした中で、2018年度に向けた医療・介護制度の見直し論議は給付抑制に傾く可能性が高く、厚生労働省が軽度者向け介護保険給付のうち、家事などの生活援助を切る考えを示しているのは地ならしと見て良いだろう。

 

 しかし、給付抑制に対する世論の反発を考えると、国民に痛みを求める話が参院選まで顕在化する可能性は低い。

 

 むしろ、安倍政権は金融緩和と財政出動を通じた経済政策で得点を稼ぎ、支持率を繋ぎ止める戦術を続けており、歳出削減に力点を置いていない。実際、今年1月21日の経済財政諮問会議では民間議員から「経済のパイが拡大しない限り、税収は伸びない。(PBの試算は)『経済再生なくして財政健全化なし』という非常に良い例。経済・財政再生計画の枠組みを守りつつ、アベノミクスの成果を活用して、好循環の強化、拡大均衡を目指すことが重要」という楽観論が示されたほか、政府・与党内では2016年度政府予算成立後、景気対策を打つ議論も浮上している。

 

 参院選までは景気対策も含めて、「経済成長の実現」を前面に掲げることで、政権の浮揚を図ることが予想され、給付抑制を目指す医療・介護制度改革論議が出てくるのは参院選後になるとみられる。

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丘山 源(おかやま げん)

 大手メディアで政策形成プロセスを長く取材。現在は研究職として、政策立案と制度運用の現場をウオッチしている。