毎年のように、世界のどこかで何らかの感染症が蔓延している。一昨年から昨年にかけては致死率が50〜80%ともいわれる「エボラ出血熱」(エボラウイルス病)がアフリカを中心に猛威をふるった。このところは、中南米で感染が拡大している「ジカ熱」(ジカウイルス感染症)が注目されている。厚生労働省のウェブサイトによれば、〈感染しても症状がないか、症状が軽い〉ものの、〈胎児の小頭症との関連が示唆されている。


 ということで、あらためて近年流行した感染症についておさらいしておこうと、『知っておきたい感染症』を手に取った。近年流行した感染症の病状や感染拡大の細かい部分については、本書を読んでほしいが、気になったのは、サブタイトルにもある〈21世紀型パンデミック〉の拡大の経路だ。


 アフリカや中南米といった遠くの地域で起こった感染症が話題になっても、われわれ日本人の場合、どこか他人事といった見方をしてしまう(逆に、東京で患者が発生したデング熱では大騒ぎした)。


 しかし、経済活動のグローバル化が進む中、〈現代社会は、風土病がその地域に留まらずに、大陸を越えて流行する疫病に変貌する環境がすでにできあがっている〉。もはや世界のどかで起こった感染症は“対岸の火事”ではないのだ。


 加えて、〈密林や森林の開発がさかんに行われ、人間が野生動物の生息エリアに立ち入る機会が激増し、動物のもつ病原体に人が感染するリスクも増している〉。〈新興感染症の主なものは、野生動物由来のウイルスや細菌が人に感染した病気で〉であり、〈1970年代からわずか40年ほどの間に40疾患以上が出現してきた〉という。


 新たな感染症が発生して、またたく間に広がる——。21世紀とはそんな時代なのである。


■誰にでもある「破傷風」のリスク


〈感染症の流行は、病原体と、感受性者であり感染源でもある人との二者だけで規定されるものではなく、流行の背景となる社会環境が色濃く影響を与える〉という指摘も重要だ。


 エボラ出血熱がアフリカで流行した際には、葬儀の際に、親族が亡くなった人に触れる慣習があってこれが感染のリスクを高めた。韓国でMERSの感染が拡大した際には、〈地縁・血縁が強く、入院すれば大勢の知人や見舞客が訪れる〉慣習が感染を広げる原因となったという。


 日本はどうか? 親戚関係などはかなり希薄になってきている印象もあるけれど、別な問題がある。日本の大都市圏は非常に効率的な社会だ。通勤・通学では、大勢の社会人や学生が、満員電車で大量輸送され、気密性の高い鉄筋コンクリートの建物で日中を過ごす。通常の季節性インフルエンザが一気に流行するのと同じ様に、危険な感染症が広がる土壌があるのだ。


 新型インフルエンザやらSARSやら、文字面から恐ろしそうな印象を与えないものの、身近なリスクといえるのが、第7章で取り上げられている「破傷風」だろう。切り傷などから入った破傷風菌の毒素で神経機能が侵されて痙攣や呼吸困難となってしまう病気だ。


 東日本大震災の後でこの病気が話題になったが、ガーデニングやスポーツのケガといったよくある状況で感染することがあるから要注意。


 子どもの頃に予防ワクチンを接種した記憶もあるのだけれど、効果は続かないようで、抗体レベルを維持するには10年に1度程度は追加接種したほうがいいようだ。


 惜しむらくは、〈日本にいるヒトスジシマカもジカウイルスを媒介できるとされる〉というジカ熱の記述が「おわりに」でわずかに触れられたにとどまったこと。執筆時期や、現時点で不確実なことが多いため、やむを得ない部分もあるのだが、著者の継続的な発信に期待したい。(鎌) 


<書籍データ>

『知っておきたい感染症』

岡田晴恵著(ちくま新書820円+税)