サクラが咲き始める頃より少し前、アンズの花と前後して開花し始めるのがコブシである。葉の無い枝にぽってりとした白い大きめの花がたくさん咲く様子は、華やかというよりは、清楚な印象だろうか。花がより大型のハクモクレンやその花の色が赤紫色のモクレンもほぼ同時に開花する。庭木にしておられるところも多く、大きな木になるので、遠目にみると家並みの中でコブシやモクレンが開花している、そこだけがぽっと明るく見える。


 この連載にとりあげているというところから読者も想像しておられるだろうが、コブシの仲間も漢方薬材料にされる。ただ、その使用部位がちょっと変わっていて、蕾なのである。シンイ(辛夷)と称する生薬になる。おりしも、コブシの開花時期あたりは、日本ではスギ花粉の花粉症に悩まされる人が多い時期と重なるが、シンイは、証が合えば花粉症にも効果があるとされる辛夷清肺湯や葛根湯加川芎辛夷などの漢方処方に配合される。シンイが配合される漢方処方は、花粉症のほかに鼻づまりなどの鼻のトラブルを伴う場合に使われることが多く、シンイがその鼻に対する効果を現すのに重要な生薬であると説明されることもある。


 咲き始めを下から見た


 コブシやタムシバ、モクレンなどの蕾は一番外側に毛が密生している。それは一見、動物の皮を思わせるような色と長さ、密度なので、予備知識なしに蕾だけを見せられると、「動物の尻尾の先か?」などと思ってしまうかもしれない。また、植物の種が異なっていても蕾の形はよく似ていて、外観だけでは種の区別は非常に難しい。実際のところ、日本薬局方でも、通常、生薬の基原の種は1つかせいぜい2つに限定される場合が多いのに、シンイの基原にはコブシ、タムシバ、ハクモクレンの他に、和名がついていない2種を加えた合計5種が挙げられている。蕾採取のために栽培している木から採るなら基原の種ははっきりしているであろうが、野生のものを採取する際には、木に葉が出ていない状態で採取しなければならないから、いろいろな類似した種が混じってしまうのではないかと思う。


 開花すれば、ハクモクレンはコブシやタムシバよりかなり大型の花なので容易に見分けがつくが、他方、コブシとタムシバは花の大きさも形もよく似ていて簡単には区別できない。山で咲いているのを見かけたら、タムシバかなあと思い、民家の庭先ならコブシか、と思ったりすることが多いが、実は蕾がほころび始めた時点から、この両者は見分けがつくのである。ポイントは、襟のようについている1枚の若葉である。これはコブシではよく目立って見えるが、タムシバでは見えない。


 コブシの蕾


 膨らみ始めた蕾が冬じゅうそれを保護していた毛皮つきコートから顔を出し始める時に、この若葉もお目見えする。


コブシの蕾


 そして花が展開するよりも先にこの若葉が広がって、やがて一気に開花する。



 コブシやモクレンの仲間の花の雌しべは、真ん中に大きいのがひとつある。その表面には花粉を受けるための突起がたくさんついている。雄しべの数はたいへん多い。


雄しべと雌しべ


 これがうまく受粉すると果実ができるのだが、盛夏の間はその色が葉の色と同じで目立たないので存在に気づく人は少ないようである。夏の終わり、朝晩は少し凌ぎやすい気温になってきた頃、果実が赤く色づく。


ホオノキの果実


 「ほら、あそこに実がついてるでしょう」と見学会などで説明すると、「え!あれがコブシの実ですか?」と驚く人が意外に多い。形はまったく不規則で、受粉しなかったところは痩せたまま、受粉したところだけが太るので、未消化物の多い動物のフンを思わせる形から松ぼっくりのようなふくよかな形のものまでさまざまである。コブシに近い親戚のホオノキなども同様の実をつける。これを見たことはあったが、それがコブシやホオノキの果実だとは思わなかったという人が居られたので、その方に、では何だと思っていたのかと尋ねてみると、それは虫こぶのような、つまり、虫や病原菌の寄生、傷害などが刺激となってできた病的な部位だと思っていた、という答えをいただいた。確かに、ここまで不規則な形の実をつける植物は身近には多くないし、早春の花の数に対して晩夏に見られる実の数は圧倒的に少ないので、病的部位と思われても仕方ないのかもしれない。


 公園や庭先でコブシの仲間の花を見かけられたら、早春の蕾から夏の終わりの果実まで、長期戦で観察してみられてはいかがだろうか。花だけではない、ダイナミックな植物の営みを感じていただけると思う。

 

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伊藤美千穂(いとうみちほ)  1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。