鈴木派の粛清人事が吹き荒れるのか——。日本のコンビニエンスストアの父、セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長がグループの全役職の辞任を表明した。強力な権力を保持してきたカリスマ経営者もイトーヨーカ堂の創業者である伊藤雅俊セブン&アイ名誉会長を担ぐ一派に失脚に追い込まれた格好だ。カリスマなき後の流通の優等生、セブン&アイはどこに向かうのだろうか。


 「この人事はやはり飲めません」。セブン-イレブン・ジャパン社長の井阪隆一氏の退任と古屋一樹副社長の社長昇格という鈴木会長(会社側)の人事案に対し、井阪社長の「ノー」の一言から口火を切った今回のセブン&アイの鈴木会長の辞任劇。一体、高収益を維持し続けるセブン&アイに何があったのか。


 「卓越した発想力と徹底力」(ユニーグループ・ホールディングス佐古則男社長)とライバル企業の首脳からも評価される鈴木会長は、間違いなく現在の連結売上高6兆円のセブン&アイを牽引してきたし、コンビニ業界を10兆円市場へと導いたのは確かである。


 しかし、内部的には83歳になる鈴木会長が、二男で取締役執行役員の鈴木康弘氏を同社の重要戦略であるオムニチャネル「オムニ7」の責任者に据えるなど、将来の総帥、鈴木会長の後継者としての道を着実に歩ませていると映っていたのは間違いない。


 事実、康弘氏は当初、セブン-イレブンの子会社から、いつの間にか、本体セブン&アイに入って取締役となり、現在は最高情報責任者(CIO)という重要なポジションにいて社内に大きな影響力をもたらすようになっている。


 片やセブン&アイの祖業、イトーヨーカ堂の創業者である伊藤雅俊氏の子息、伊藤順朗氏は長年、セブン&アイの「CSR担当」という閑職に塩漬けされた格好で、対照的な処遇を受けていると見えていたのは確かだろう。


 伊藤名誉会長と鈴木会長は東京・四谷の本社の同じフロアにいて名誉会長はほとんど毎日出社しているにもかかわらず、経営の重要事項の伝達は人を介して行われており、直接的なやり取りはほとんどなかった。


 そんな歪な経営構造のなかで伊藤名誉会長を信奉してきた社員、信奉しないまでも鈴木会長のやり方に疑問を抱いていた社員も増えてきたとみられている。そこに昨年来、衝撃的な人事が相次いだ。


 ひとつは井阪社長の後任と目されていた、鎌田靖取締役常務執行役員商品本部長がいきなり、取締役からも商品本部長からも外れ、執行役員に降格されたことと。今ひとつは社長就任以来、1年も経たない戸井和久イトーヨーカ堂社長が、業績不振の責任をとるかたちで辞任した人事のことである。


 井阪社長の片腕としてセブン-イレブンの高収益、連続増益に貢献してきた鎌田氏の突然の降格人事はいまだ謎に包まれているが、降格の衝撃は大きかった。2つの人事にいずれも鈴木会長が断を下したとみられており、鈴木会長の人事を恐怖に思い、次はわが身と感じていた人も少なくはないとみられる。そのひとりが井阪社長であり、複数の役員だった。


 セブン&アイの株式を大量に取得している物言う株主として知られる米投資ファンド、サード・ポイントの世襲批判の書簡など揺さぶりという援護射撃があったにせよ、取締役会で鈴木会長の考えた人事案に対し反対票を差し出し、辞任にまで追い込むという所業は井阪社長ひとりでは成し遂げられるとは思えず、今回のクーデターに参加した伊藤名誉会長を担ぐ一派が複数いるのは間違いない。ただそれだけ、鈴木氏の求心力が低下していたともいえる。


 セブン&アイでは19日に取締役会を開き、ポスト鈴木会長の新体制を決めることにしている。村田紀敏セブン&アイ社長は「(今後の人事にはついては)ノーサイド(敵味方ない状態)でいきたい」と語っているが、そのクーデターに加担した一派が主導権を握り“組閣”していく可能性は高い。


 ここで鈴木会長に近い古参役員や、顧問などは自ら退任の道をとる可能性が強い。当面は付け焼刃的な体制となり、安定するまで少し時間がかかりそうだが、問題はユニーの佐古則男社長が指摘したように、鈴木氏のような「発想力と徹底力」を持った人物がいるかどうか。


 鈴木氏は会見でセブン-イレブンの経営について「僕がずっと方針を出してきた」と話した。その方針を井阪社長らが具現化してきたという。株式市場的には83歳という高齢のカリスマ経営者が退き、新しい経営が実現するという希望もあるようで、辞任会見以降の株価は上昇している。


 しかし、鈴木氏が作り上げてきた組織を、鈴木氏がいなくても新しい発想がどんどん出る組織に作り替え、引き続き徹底力を維持できるようにしていくことはそんなに簡単なことではない。


 しかも、カリスマが失脚した後の組織の脆いことは、故堤清二氏が率いたセゾングループ、故中内功氏のダイエーなどが証明している。また、よくカリスマ後は集団指導体制への移行ということが言われるが、堤氏が失脚した後のセゾンは集団指導体制に移行したが、結局グループはてんでバラバラになった。


 カリスマの信念によって組織は形づくられてきたから、それを別の誰かが受け継ぐことはできない。鈴木氏のリーダーシップの下、一糸乱れぬ組織を完成させ、高収益企業の基盤を構築したセブン&アイはこれからも流通の優等生で居続けられるか、それとも普通の会社に成り下がるのか。正念場が続くことになりそうだ。(原)