日本人は近代以降、海外から政治思想や政策を輸入してきたためか、何か新しいことをやろうとすると、横文字やカタカナを好んで使いたがる。最近ではREIT(不動産投信)、マニフェスト(政権公約)、フレイル(筋力や心身の活力が低下した状態)などがあり、今度は「CCRC」という言葉が出始めた。


 CCRCとは「Continuing Care Retirement Community」。直訳すると「継続的にケアを受けられる退職者の共同体」といったところだろうか。つまり、リタイアした高齢者が元気なうちに移住し、必要な時に介護や医療などのサービスを受けられる共同体の形成を目指している。


 しかし、これまで多くの政策がそうだったように、一種のブームで終わる可能性もある。本稿はCCRCの概要と方向性を探りたい。


◇  CCRCの概要


 CCRCは元々、アメリカで30年ほど前からスタートした取り組みであり、これが浮上したのは2014年5月、民間有識者で構成する「日本創成会議」が示した試算だった。この試算では「896自治体が人口減少で2040年までに消滅する可能性がある」としたため、CCRCを通じて首都圏の高齢者を地方に移すことで、急速に進む首都圏の高齢化対策と地方の人口減少対策を一挙両得で解決する手段として注目されるようになった。


 その後、政府が2014年12月に閣議決定した「まち・ひと・しごと創生総合戦略」で、「都会の高齢者が地方に移り住み、健康状態に応じた継続的なケア環境の下で、自立した社会生活を送ることができるような地域共同体(CCRC)について検討を進める」とし、有識者や国・自治体の関係者で構成する検討会議が2015年2月に発足。検討会議が同6月に公表した報告書によると、CCRCは7つの基本コンセプトとして、以下の点を挙げている。


(1)    東京圏など大都市部に住む高齢者の地方移住の支援

(2)    就労や社会活動・生涯学習への参加を通じて、健康でアクティブな生活の実現

(3)    医療・介護など継続的なケアの確保

(4)    子育て世代など地域社会(多世代)との共働

(5)    IT活用などによる効率的なサービス提供

(6)    居住者の参画・情報公開などによる透明性の高い事業運営

(7)    地方創生特区など関連制度の活用による政策支援


 さらに、こうしたコンセプトの下、昨年12月に公表された報告書では、自治体から「生涯活躍のまち基本計画」「生涯活躍のまち事業計画」(いずれも仮称)を募集し、2016年度から財政支援する考えも盛り込まれた。内閣官房が2015年3〜4月に実施した意向調査によると、日本版CCRC構想に興味を持つ自治体が202に及んでおり、今後は自治体、民間の動きが加速しそうな状況である。


◇  屋上屋を重ねる?


 では、構想をどう評価するべきだろうか。退職した高齢者が自ら選んだ土地に移住し、自らの得意分野を生かしたり、地域社会に溶け込んだりしつつ、「担い手」として地域社会に貢献し、最期まで自分らしく生きられるのであれば素晴らしいことである。その点でCCRCのコンセプトは注目に値する。


 一方、新しい政策を検討する際には、既存制度の課題や足りない点を検証する必要がある。検討会議の報告書は日本版CCRC構想と従来の高齢者施設が異なる点として以下の3点を挙げている。


(a) 利用するタイミング


 これまでの高齢者施設は要介護状態なった後に利用するのが一般的だが、日本版CCRC古層では健康な段階で高齢者に入居してもらい、できる限り健康長寿を目指すとしている。


(b) 利用者のスタンス


 従来の利用者は「サービスの受け手」だったが、日本版CCRC構想では地域の仕事や社会活動、生涯学習などに参加する「主体的な存在」として位置付けられる。


(c) 地域社会との接点


 閉鎖的だった従来の高齢者施設と異なり、日本版CCRC構想では地域に溶け込んだ高齢者が地元住民や子ども、若者などと交流することを目指している。


 まず、(a)の点を検証すると、確かに高齢者の居住を巡る制度は提供者の都合で細分化されており、非常に使い勝手が悪い。


 例えば、介護保険では施設サービスとして、医療ニーズの高い人向けに療養病床、リハビリに力点を置く老人保健制度、比較的重度な人を対象とする特別養護老人ホーム(特養)がある。


 さらに、認知症の人を対象とする認知症対応型共同生活介護(グループホーム)、家族の都合などで高齢者を短期間受け入れる短期入所生活介護(ショートステイ)、介護保険の適用を受ける特定施設入居者生活介護サービスがある。それ以外に軽費老人ホーム、介護保険の適用を受けていない有料老人ホームがあり、サービスを外付けで受け入れる賃貸住宅の「サービス付き高齢者住宅」も2011年度に制度化された。


 この複雑な状況はわかりにくいし、状態とニーズが変わったら利用者は入居施設を変えなければならないのは不便極まりない。


 しかし、日本版CCRC構想を推進することで、屋上屋を重ねる結果、高齢者居住を巡る制度が複雑化する可能性があり、この複雑な状況を存続させたまま、日本版CCRCを整備することが果たして利便性向上につながるのだろうか。


 (b)(c)の点についても、住宅の管理者やサービス提供者が日々の管理やケアで本来、心掛けなければならないことであり、日本版CCRCを整備する理由になるとは思えない。


 むしろ、(a)の課題に対応するのであれば、デンマークが実施した「居住とサービスの分離」が有効になるのではないか。


 デンマークでは高齢者の自己決定を担保するため、施設を解体するとともに、施設内で提供されていたケア機能を空間的に分離して地域で提供することにした。さらに、高齢者の自立と選択を重視し、ケアを個別ニーズに合わせてフレキシブルに提供するほか、趣味の活動、運動、教育なども施設から分離され、地域で共有するようにしている。


 確かに、こうした見直しは日本版CCRC構想のような目新しさを欠き、新機軸を訴えたい政治家や地方自治体、新たなビジネスチャンスを掘り起こしたい民間企業やコンサルタントから見ると魅力的には映らないかもしれない。既存の制度を見直す際にはステークホルダーとの利害調整も難航しそうだ。


 しかし、利用者目線で考えれば、目新しい政策に飛び付くよりも、足元の施策・制度を総括する方が先決ではないだろうか。それは住み慣れた地域で最期まで暮らすことを目指す「地域包括ケア」の方向性とも合致するはずである。


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丘山 源(おかやま げん)

 大手メディアで政策形成プロセスを長く取材。現在は研究職として、政策立案と制度運用の現場をウオッチしている。