前回は、禁煙ワクチンもその視座に入っているなど、アジュバント開発が多様な疾病の予防、治療への期待が集まっていることを示した。一方で、新規ワクチンに関する副反応に対する警戒と、アジュバント性悪説が根強い状況もあることに言及した。



 では、新規アジュバントとしての研究開発動向はどのように推移しているのだろうか。繰り返しになるが、現在、認可されているワクチンアジュバントはアルミニウム塩などアラム系の炎症性アジュバントがほとんどである。ごく簡単にいえば、新規アジュバント開発は、アラムアジュバントからの脱却も大きな課題となっている。


●脱アラムアジュバントの潮流にはあるが


 関係研究者によると、新規アジュバントの医療ニーズに対応していくためには、アラムアジュバントの限界や問題点を知悉していくことが肝要だという指摘が多く聞かれる。


 その背景には、アラムアジュバントは、液性免疫は誘導されるが細胞性免疫の誘導が低い、発熱やアレルギー反応誘導などの副反応があることがわかっている。細胞免疫の誘導が低いことは、がんワクチンによる免疫誘導研究ではハードルになる。


 その細胞免疫を誘導するアジュバントとしては、核酸アジュバント、脂質アジュバントなどが標的となっている。核酸アジュバント研究については、北海道大学で進められているプライミングアジュバントなどが、内外の関心を集めている。


 一方、アラムより副反応が低いアジュバント開発、つまり低細胞毒性粒子アジュバント、低分子アジュバントの開発、アラム改良型ともいえるアラム混合アジュバント開発なども研究標的だ。


 こうした、研究の流れは、とりもなおさず対象疾患に合わせた、ワクチンおよびその効果を増強するアジュバント開発が目的別に細分化している状況も反映している。炎症を小さく抑え、副作用を極小化することが研究デザインのキーポイントとなっているのだ。


●アジュバント開発が決め手となるマラリアワクチン


 基盤研の石井健氏らの論文等から、アジュバントの種類と開発状況をみていく。LipidAと分類されるものをまずみると、HPVワクチンですでに認可されているものが挙げられる。ASO4/MPL+アルミニウム塩のアジュバントは、アラム混合剤。細胞性免疫を誘導することで知られ、欧州で認可された。同じくHPVワクチンではRC-529/MPLアナログをアジュバントとするものが、アルゼンチンで認可されているとされる。この系では、いくつかのアジュバントが開発中で、標的はマラリアワクチンであることは、専門家の間では常識となっている。有効なマラリアワクチンの開発は、主に途上国では喫緊の課題。副反応が低く、有効性が一定の水準に達したワクチンの開発はノーベル賞も期待されている。


 蛋白系では、フラジェリンのアジュバント開発が進行している。TLRS細菌鞭毛由来の蛋白リガンドで、細胞性免疫を誘導するとされる。


 核酸系は開発が盛んな分野だ。dsRNAアジュバントは、インターフェロン誘導薬として昔から知られている。炎症誘導能が強く安全性に問題があるため、改変体の開発がカギとなっている。CpG ODNはTLR9のリガンドで、細胞性免疫を誘導する。HBVワクチンのアジュバンとして承認が近いとされる。第2世代ではデリバリー機能に着目。


 サイトカイン系では、IL12、GM-CSFがアジュバント候補。GM-CSFは、現在開発中の前立腺がんに対する樹状細胞ワクチンのアジュバントとして開発が進んでいる。


 カチオン系では、DOTAP、DDAが、DNAワクチンの安定性や抗原の発現量を増大させるとされる。これも開発中だ。


 そのほかでは、広く使われている添加剤、シクロデキストリンがアジュバント効果を有することが明らかにされているなどのトピックスもある。アラム系も有力な開発対象の地位を継続している。1920年代に発見され、汎用されているアジュバントである水酸化アルミニウム、リン酸アルミニウムも抗原特異性、IgE誘導などへの関心も続く。


 毒素系では、CTB、大腸菌易熱性毒素がワクチンと経鼻投与することでIgA産生を誘導することが知られているが、臨床試験で顔面神経麻痺の副反応があり、臨床応用は現在は行われていない。


 そのほか、エマルジョン系などのワクチンは粒子が小さいなどの特性があり、インフルエンザワクチンのアジュバントとしてすでに活用されているほか、がんペプチドワクチンとして臨床研究されているものもある。このほか、植物成分ではサポニン系のアジュバントが開発進行中だ。


●急がれる有効性、安全性指標のDB化


 この連載の最初でも述べたが、アジュバント開発は新薬創出の新たな手法の開発と、新薬そのものの出現、さらには医薬品開発コストの低減化、あるいは既存薬の効率的な効果増強など、多様な期待がかけられている。一方で、立ちはだかっているのは毒性の強さと、それによる副反応の危惧だ。既存のワクチンの副反応をアジュバントを原因としてみる言及は少なくなく、あえてそうした見方を強調する報道も散見する。しかし、それまで報告された副反応自体は、アジュバントが原因だと立証されたものはほとんどないのも事実。


 そのため、アジュバントに関しては、上述した分類以外のアジュバント、今後、見出される可能性のあるアジュバントを含めて、毒性をデータベース(DB)化し、それをライブラリー化して開発者が共有する取り組みも求められている。


 その試みのひとつが12年から基盤研でスタートした「アジュバントデータベースプロジェクト」(厚生労働省科研費指定研究)である。15年からはAMEDにプロジェクト自体は移っているが、研究基盤は継続されたものだ。


 プロジェクトの目的は、「次世代の免疫医薬として期待されるアジュバントの開発研究(有効性)および審査行政(安全性)に寄与するバイオマーカー探索可能なDBを構築する」とされている。


 アジュバントに関する現況についてプロジェクトは、アジュバント有効性マーカーの必要性について、①ワクチン医療による予防医学の普及は、医療費削減につながり、アジュバントはコスト削減に寄与する②そのため、感染症、がん、アレルギーワクチンへのアジュバントの開発研究は世界的な競争になる③しかし、他の創薬(低分子医薬、抗体医薬)に比し、アジュバントの有効性指標は未開拓分野-だと分析。さらに安全性マーカーの必要性について、①外資のアジュバント付与新型インフルエンザワクチンの導入などによるアジュバントの安全性への社会的関心の高まり②日本の産学官連携や支援、審査行政の立ち遅れがあり③アジュバントの安全性に関する有効な指標の不足-を挙げている。


 その課題を克服する有力な手段としてプロジェクトの重要性を強調し、アジュバント開発研究コンソーシアムとして、認可済み、臨床試験中、開発中のアジュバントによるヒト細胞、マウス個体の生物反応を総合的に解析したDBを構築することで、アジュバント開発企業の有効性指標、免疫制御バイオマーカーの検索を可能にして、日本発の次世代アジュバント創薬につなげる目標を掲げる。また検定、審査機関との評価法バリデーションを通じてアジュバント安全性評価法を確立するとしている。


 最終目標は、「日本ならではの高品質で安全なアジュバントの創製」である。ある意味、アジュバント開発研究は、日本の新たな医薬品産業基盤の構築を目指すものとの意欲がうかがえる。特に、このプロジェクトが、日本のNIHをめざすとされるAMEDの主要事業の柱のひとつとして位置づけられている点において、その動向は特に医薬品産業が関心をもって見つめ、協同していく作業も不可欠だとみえる。その意味では、アジュバント性悪説にメディアが関心を向ける状況の打破は、早急に取り組むべき課題なのかもしれない。(終)