前回はアジュバントに関して基本的な解説をしたが、今回ももう少し、アジュバントに関する研究の動向と、国内における基盤整備について眺める。


 アジュバントに関しては、子宮頸がんワクチンの副反応に関する疑問やインフルエンザ治療薬に対する副反応など、アジュバント性悪説が一部医学界やメディアに根強い。こうした批判は、ワクチン開発に対する慎重論と、ワクチン副反応に伴うネガティブ報道が大きな要因となっているが、実際的には、それらのアジュバント副反応原因説が立証されているわけではない。むろん、毒性研究が途上にあることも事実で、毒性に関する科学的検証が進めば、副反応の原因分析につながる。逆説的には、さらにその先には、先制的、予防的な医薬品開発への期待と、がんをはじめとする治癒を目的とした治療薬開発への期待も強い。夜明け前といえる状況という向きもある。


 前回も述べたが、そうした期待のうえに、これまでの医薬品開発そのものの手法の改革、早期化、費用の低減化への期待も大きい。言ってみれば、医薬品開発のイノベーションの重要な手掛かりのひとつであり、医療経済そのものも大きく変える可能性がある。ただ、そこへ至るまでの毒性情報を中心にしたライブラリーの構築には相応のコストがかかることも、現状では理解しておかなければならない。


 だが、とりあえずはアジュバント研究者にとって、現状は性悪説への反証、もたらされる人類への福利のアピールなどが研究と並行して進めなければならない課題となっている。

●メカニズムを軽視してきたことへの「反省」


 前回と重複するが、アジュバントとは何かを浚っておく。アジュバントとは、「ワクチンの効果を増強する因子」の総称だ。だが、アジュバントは最近になって急に発見され、ワクチン開発に重要になったわけではない。アジュバント研究が本格化してきたのは、実は研究者の「反省」という点が大きい。ワクチンは、基本的に感染症を予防するもの。つまり、擬似的に感染を起こさせ免疫を体内に作り出すもので、こうした知識は中学生レベルで学習する。


「反省」は、この免疫を起こさせるメカニズムそのものを、研究者たちが軽視してきたというところにある。つまり、抗原にアジュバントを入れないと有効なワクチンは作れないと、免疫学者は全員知っていたにもかかわらず、それがなぜ必要かという作用機序がはっきりしていなかった。一部の研究者によれば、「論文などの発表でもあまり表だって記載はされなかった」のが、これまでの状況だったのである。アジュバントを入れる目的は、早期で強く長期間持続する免疫応答を促すため、だったにもかかわらず、である。


 この反省と、そこから生まれたアジュバント研究によってワクチンが感染症にとどまらず、あらゆる疾病で新薬開発への期待につなげられることが明らかになってきたというのが現状である。この過程の中で、毒性研究がまだ端緒についたばかりであるということが、すでに開発された一部のワクチン、治療薬の副反応「犯人説」に結び付いているのだ。


●開発は国際競争の最中にあるが情報共有機運も


 功罪に関する論議が並行する中で、アジュバント研究は新薬開発のひとつの切り札として、国際的には競争状態の中にあることも事実である。ことに2012年以降、日米欧ではワクチン・データベース(以下DB)の作製が活発化、ライブラリー整備は一時期のDNA解析競争に似た状況を作っている。WHOもDBに関するガイドラインを作成しているし、ICHでも今後の重要課題となることは必至の情勢。国内で、こうした状況を先取りし、対応してきたのが次世代アジュバント研究会だ。


 同研究会は2010年10月に、「ワクチンに付随して使われるアジュバント研究促進のための産学官共同研究のプラットフォーム組織」として作られたのが始まり。主導してきたのは医薬基盤研究所(現在、医薬基盤・健康・栄養研究所)で、基盤研の所長が会長を務める。現在の会長は現基盤研所長の米田悦啓氏。国内の主要免疫学者がほぼ一堂に会しているほか、製薬企業、ワクチンメーカー、厚生労働省、PMDAなども参画している。


 この研究会自体はまさにアジュバント研究の国内産学官のプラットフォームになっているが、アカデミア、関連企業の研究の共同化や基本情報データの共有だけではなく、国際連携の推進も掲げる。国内でのガイドライン作りのほか、WHOのアジュバント入りワクチンのガイドライン作成へも参画している。アジュバントのガイドラインは、アジュバントの種別、毒性データベースのほか、取扱規制の基準作りを指している。また研究会では、アジュバント安全性評価法の開発、バリデーション策定なども事業範囲に入る。特に産学官共同の認識を打ち出しているのも特徴で、「ユーザー企業のニーズ反映」も強調されている。基盤研でアジュバント研究プロジェクトのリーダーとして、実質的に国内アジュバント研究を統括する石井健氏(現在はAMEDに出向中)も、研究を、アカデミアの遊びにはしないことを、折に触れて企業側にアピールしている。


●味付け役だがカギを握るアジュバント


 繰り返しになるが、ワクチンは数年前まで、感染症分野のみで語られていた。周知のとおり、現在ではほぼすべての疾患のアプリケーションになるという可能性が出てきている。すでに臨床開発が進んでいるものは、アルツハイマー病(AD)、高血圧症、アレルギー、がんのワクチンはもちろん、ニコチンをターゲットにした禁煙ワクチン、肥満や避妊に関するワクチンの開発が進んでいる。

 これら疾患のターゲットになる抗原は自己抗原であり、これに対する免疫を作るには、かなりの工夫が必要となる。そこで必須となるのがアジュバントであり、アジュバントを入れない限り、自己抗原に対する有用な免疫応答は得られない。どのような免疫をいかに安全に、有効に誘導するか。そのためのいわば味付けとなるアジュバントが必要で、つまりはアジュバントがカギとなる。


●アラムの限界を認識する研究の段階


 ワクチンによる予防、あるいは治療が期待されている疾病について、研究途上にあるもの、候補となるものを挙げてみよう。


 がん抗原を標的とするがん分野への期待が最も大きいが、神経疾患では最大のターゲットはAD。標的抗原はアミロイドβである。そのほかαシヌクレインを標的抗原とするパーキンソン病、プリオンを標的にしたクロイツフェルト・ヤコブ病がある。


 循環器系では、幾種類かの抗原を標的にした動脈硬化症、アンジオテンシンⅡを抗原とする高血圧症。難病が多い自己免疫、アレルギーでは広範囲のワクチン開発が有力視され、MBP特異的T細胞のT細胞受容体を標的にした多発性硬化症。多発性硬化症については、抗原候補は他にもあるとされる。インスリン、GADを標的抗原とする1型糖尿病、アセチルコリン受容体が標的の重症筋無力症、IL-5を標的にした気管支ぜんそく、花粉抗原に対する花粉症も当然、有望な分野だ。


 標的抗原を省くと、ニコチン、コカイン、フェンサイクリン、メタンフェタミン、ヘロイン、モルヒネといった中毒系、慢性関節リウマチの炎症性疾患のほか、避妊、肥満、骨粗しょう症なども、開発が期待されている。「禁煙ワクチン」も夢ではないのである。


 さて、現在使われているワクチン、主には感染症系だが、これにも多くのアジュバントが使われている。そして、そのほとんどがアルミニウム塩など、いわゆるアラム系である。最もよく使われているのは世界も同じで、実はアラムはアジュバントとしてはすでに限界に来たというのが定説だ。つまり、現在の多様化するワクチン開発のカギを握るのは、脱アラムか、あるいはアラム混合の改善されたアジュバント開発である。


 次回は、新規アジュバントの開発と課題、アジュバント自体の種別と開発状況をみるとともに、アジュバントの功罪についても触れていきたい。(幸)