ワクチンアジュバントに対する期待は大きいが、子宮頸がんワクチン問題が、微妙に影響を与えているようで、メディアを中心にアジュバントに対する警戒が社会的には少し強まっている印象もある。逆に言えば、アジュバントの存在が知られてきたということも意味するのかもしれない。


 アジュバントは、「ワクチンの効果を高める免疫増強剤」とマクラ的に表現されることが多い。あるいは、もう少し親切に「免疫機能を高める作用を持つ物質のことで、抗原性補強剤とも呼ばれる」と解説されることもある。


 ネットでみると、たとえばウィキペディアでは、広義には主剤に対する補助剤を意味するが、一般的には主剤の有効成分が持つ本来の作用を補助したり、増強したり、改良する目的で併用される物質をいうと説明し、ラテン語のadjuvare(助ける)が由来だとする。


 一方、がん患者に対する補助的療法をアジュバント療法という言い方もある。要するに補助的で、かつ主剤(主治療法)を増強するという意味だと、ここでは理解しておく。


●先制医療の象徴的プロジェクト


 国内におけるアジュバント研究を本格化させたのは、医薬基盤研究所(現医薬基盤・健康・栄養研究所)である。2010年に当時の山西弘一・基盤研理事長を会長とする産学官の共同研究組織、「次世代アジュバント研究会」が発足したのがスタートで、ワクチン事業を活性化させたい内外の製薬企業や大学、ベンチャー企業が参加した。この頃は共同組織はいわゆるコンソーシアム型で、研究会もオープンにはなっていなかった。


 12年には厚生科学研究費(5年間)もつき、アジュバントの安全性予測や、バイオマーカー探索などを目的にしたデータベース作りに目標が定められ、研究組織もアジュバント開発プロジェクトとなり、リーダーには石井健氏が就任した。その石井氏だが、日本医療開発研究機構(AMED)の戦略推進部長に内定しているとも伝えられている。


 基盤研を中核にしたアジュバント開発プロジェクトは、感染症だけではなく、がん、認知症、生活習慣病全般、アレルギーなどの分野でもワクチン開発を標的にしており、いわゆる「先制医療」の象徴的な技術開発プロジェクトという側面もある。これが、大きな期待を持たれる研究の要因でもあるが、立ちはだかるのは毒性の問題だ。


 そのため、データベース構築は言い換えれば、アジュバントの毒性データベースの作成だと言える。そしてその後にも標準化、製造上(GMP)の問題など各種のハードルがあるとみられており、専門家にはその道のりは平坦ではないことが常識的だ。ただし、DBが作られ、オープンなライブラリーになることで開発研究の裾野が広がるという期待も大きい。その数は、アジュバント候補が100以下の単位でも関連する毒性を中心とするデータは数億単位になるとみられている。特にこうしたDB構築は、安全性を確保することを第一にするため、安全性研究開発のコスト圧縮にもつながるという側面もある。


 13年にオープンになった次世代アジュバント研究会では、コレラ予防ワクチンの開発や、企業からは開発中探索物質のDBへの供与なども発表されるなど、企業の枠組みを超えた広範な探索研究を呼びかける試みなども生まれている。一方、国際的には13年にWHOがワクチンアジュバント開発に必要な安全性ガイドラインを策定、単に従来型のワクチン開発にとどまらない「創薬」としての可能性が確立し始めている状況でもある。医薬基盤研究所は14年にはDBのプロトタイプを完成させたことも明らかにした。


●北海道大学の非炎症性がん免疫アジュバント


 こうした中で、昨年2月、北海道大学が「非炎症性抗がん免疫アジュバント」の開発に成功したことが伝えられた。副作用の少ない抗がん免疫ワクチンへの適用に期待が高まるが、北大が発表したその研究成果のポイントは、①過剰な炎症性サイトカインを誘導せず、がんを退縮させる新規核酸免疫アジュバントの化学合成と開発に成功した②この新規核酸アジュバントはToll-like receptor 3(TLR3)だけを活性化するが、他の機能分子(RNA/DNAセンサーなど)は活性化しない③このアジュバントは副作用が少なく、がんを治せる抗がん免疫ワクチンの開発に貢献し、多くの患者さんに福音をもたらすと期待される——としている。


 もう少し詳しく見ると、「微生物成分を認識するTLRの活性化は、樹状細胞に自然免疫応答を引き起こし、サイトカイン産生や細胞性免疫の活性化を誘導する。従来、ウイルス2重鎖RNA(polyI:CなどのTLR3リガンド)は強い抗がん効果を示し、ワクチンアジュバントとして有望視されてきたが、炎症、サイトカイン血症などの副作用のため臨床適用が断念されている。今回、構造・機能が定義されたTLR3特異的リガンドをケミカルバイオロジーの手法で開発し、マウス移植がんモデルにおいてNK/CTL依存的な抗がん活性を誘導することを示した。新規TLR3リガンドは細胞質RNAセンサー(ウイルスを検知する分子)などを活性せず、過剰な炎症性サイトカイン産生を誘導しないことから、副作用の少ない非炎症性の核酸免疫アジュバントとして抗がん免疫ワクチンへの適用が期待される」。詳細は割愛する。


 北大はこのアジュバントの今後への期待について、このように述べている。「このような非炎症性のアジュバントであれば高齢者に非侵襲で、高いQOL、簡便、負担の少ないがん治療に提供し得ると考えられる。PD-1抗体療法は、がん抗原に対するCTLががんを消滅させるほど劇的な効果を発揮することを示した。PD-1はCTL誘導の抑制因子で、必ずしもそれのみに特異的ではないため、副作用の懸念を払拭できない。抗原(ペプチドか蛋白)とこのアジュバントを併用すれば、特異性を担保できるため副作用の減弱を促す。何より、これまでのアジュバントで問題だったサイトカイン毒性の心配がない。これまで多くのペプチドワクチンが俎上に載ったが、単独(または既存のアジュバント併用)投与の有効例は極めて限られている。本発明品をマルチエピトープの抗原(多価の抗原)と併用すれば、より多くの有効例が得られると思われる。ただし、その有効性・安全性等を証明するにはGMP標品の効率よい合成、毒性試験、前臨床試験などを経て臨床試験の峠を越える必要があり、予算化が必要になる」。


●開発コスト抑制への期待は薄まったが


 北大の発表でも語られているように、アジュバント開発にはサイトカイン毒性という高いハードルがある一方で、それをクリアしたとしても、その他の毒性試験、合成のための標品作成などの課題も多い。


 一方でこうしたアジュバント開発による創薬そのものに対する警戒感も強まっている。特に子宮頸がんワクチンに対する副作用は、そのメカニズム自体は明確にされておらず、現状でもがん予防に対する効果への期待も小さくはない。ネットなどで語られている警戒感は、大きな異物が体内で馴染むわけがないという素朴なものもあれば、アジュバントそのものの発がん性を疑う声も出ている。


 また、医薬産業サイドには、アジュバント開発はより大型の予防的新薬の開発につながるという期待の一方で、開発コストの抑制という期待も少なくなかった。利益性という側面は、むしろ最近では弱くなってはいるが、アジュバント開発への期待は、高齢化時代の切り札との見方も強まっている。次回は、こうした多方面の論議を眺める。(幸)