東日本大震災の翌日。それぞれの会社で夜を明かした家族と東京駅でようやく落ち合い、動いている電車を乗り継いで帰宅の途についた私は、ある駅前の光景に目を疑った。朝っぱらから、パチンコ屋の開店を待つ長い行列ができていたのである。このパチンコも、バドミントン日本代表選手の件で注目を集めた賭博も、医学的には「嗜癖性障害」のひとつである「ギャンブル障害」につながる恐れがある。
日本では、賭博、賭場を開くこと、富くじの販売は、刑法で禁止されている。一方、遊技(パチンコ、パチスロ、麻雀等)、競馬、競艇、オートレース、宝くじ、スポーツ振興くじは、それぞれ該当の法律があって合法だ。しかし、人に嗜癖性障害を引き起こしうるギャンブルは、違法か合法かにかかわらず「結果が決まっていない事柄に対して金品を賭ける行為」である。国内のギャンブル障害患者を対象に行われた複数の調査で、6〜8割がハマっていたのはパチンコとスロットだった。違法賭博や覚醒剤がらみの事件報道に眉をひそめる人も、実は身近なリスクに気付いていないだけなのかもしれない。
モノ(物質)にハマる「依存(dependence)」は、1969年に世界保健機関(WHO)の専門家委員会が提唱した。これに対し、ギャンブルなどのコト(行動プロセス)にハマる「嗜癖(addiction)」は、2013年の米国精神医学会(APA)の「精神疾患の分類と診断の手引 第5版」(DSM-5)で採用された。その背景には、対象が物質か非物質かによらず、ハマることで生じる社会機能障害を診断基準に積極的に取り入れていこうとする流れがある。今後、物質依存と病的嗜癖との異同が検討されていく事柄としては、インターネット、買い物、万引き、セックス、自傷行為などが挙げられる。
人はなぜハマるのか。物質依存の場合は、①物質固有の報酬効果、②環境刺激、③離脱症状の不快感という3つの要因が関わるとされる。これらのバランスは物質によって異なる。強い精神刺激作用がある覚醒剤は①、アルコールは③が、特に依存形成に寄与すると考えられている。タバコの場合は②、つまり、「食後に吸う」「会議が長引くと吸う」「屋外の踊り場で吸う」などタバコと結びついた刺激が多く、本来は直接の作用はないはずの環境が、タバコへの欲求を引き起こしてしまう。嗜癖性障害の場合、②③は物質依存と同様だが、①は個人差が大きいのではないか、と予想する専門家もいる。
嗜癖の脳科学研究も徐々に進んできている。中脳の腹側被蓋野から側坐核、海馬、扁桃体などに投射する「中脳-辺縁系経路(報酬系)」は、一般的な快感、乱用薬による強い多幸感、精神疾患でみられる妄想・幻覚などに関与している。脳画像研究から得られた知見として、ギャンブル中には報酬系が活性化して標的領域にドーパミンが放出される、それが繰り返されると神経細胞に変化が生じてくる、病的ギャンブラーではギャンブル関連刺激に対していくつかの脳領域が過剰反応する一方で衝動性を制御する脳領域の働きが低下している、などの報告がなされている。
最近の研究で気になるのは、2014年に首都圏のスポーツ系大学の学生1,052名(男性701名、女性351名、平均20.04歳)を対象に、順天堂大学スポーツ健康科学研究科が行った「ギャンブル依存の現状」に関する調査報告だ。世界的に用いられているSOGS(South Oaks Gambling Screen)を用いた結果、対象者の6.7%(男性9.8%、女性0.3%)がギャンブル依存だった。ギャンブル依存と有意な関連が認められた事柄としては、「友人関係における賭け事の経験」、「友人からの借金」、「家族以外の人間関係におけるギャンブル嗜好者の数」だった。蒸し返したくはないが、先般の不祥事を彷彿とさせるではないか。オリンピックを気持ちよく開催するためには、スポーツマンの心にも気を配る必要がありそうだ。(玲)