【データヘルス計画・その2】
●日本再興戦略でチラつかせるプレッシャー
今回は、昨年12月に厚生労働省から出された「データヘルス計画作成の手引き」から、データヘルス計画の背景とねらいを紹介していく。特に、いちいちの疑問や批判めいたものを今回は極力排して、手引きを丹念に読んでみることにする。
データヘルス計画の背景について、手引きでは大きなポイントを2点挙げている。ひとつは、「社会環境の大きな変化を背景に、健保組合には効果的な保健事業の実施が期待されている」ことが示されている。人口の高齢化と労働者年齢の高齢化がパラレルに推移し、高齢労働者の健康管理が、ひいては健康寿命の延伸につながるという「期待」が大きく見えるが、生産年齢人口の減少を高齢労働者で補っていくという、日本社会の実像を反映しているわけで、労働者の健康づくりのリーダーシップは健保組合の肩にかかっているというニュアンスを強く感じる。
もうひとつは、その引き続きになるが「日本再興戦略の重要施策“健康寿命の延伸”の実現のため、健保組合にデータヘルス計画の実行等が求められる」ということが挙げられている。基本的には「健康寿命の延伸」が究極の狙いであることが鮮明に語られている。
●ひとまず「データヘルス計画作成の手引き」を読んでみた
ポイントに挙げている「社会環境の変化」についてはこう説明する。
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わが国では総人口に占める65歳以上人口の割合(高齢化率)は年々増加し、2014年には25.9%と世界でもトップの水準。今後の高齢化率の推移をみても世界のどの国でも経験したことがない超高齢社会に突入する。このような変化は少なからず職場にも影響を与える。
日本人の死因の約6割は、生活習慣病が占めている。生活習慣病の発症や重症化は、加齢や生活習慣等の影響を大きく受ける。たとえば、40代前半の男性は30代前半に比して、心筋梗塞等の心疾患の死亡率は3倍高く、50代前半になると7倍以上となる。つまり、従業員の年齢構成は、職場における生活習慣病のリスクを測るひとつの重要な指標。
少子高齢化の進展や定年延長といった社会環境の変化に伴って、職場の平均年齢は上昇を続けている。労働力人口に占める60歳以上の割合の推移をみると、2010年の17.9%から2020年の19.4%、2030年の22.2%へと増加していくことが見込まれており、職場には年齢構成の変化に伴って生活習慣病になるリスクを高める構造的な課題が内在している。また、リスクの上昇は病気の発症に伴う医療費の増加につながるが、それだけではなく、リスクが増えるほど労働生産性が落ちることは海外の先行研究で示されており、企業にとっては従業員の健康づくりは重要な経営課題ともなっている。
◆レセプト・健診データの電子的標準化の進展
このように社会環境が変化する一方で、保健事業がPDCAサイクルで実施しやすくなるようなインフラ整備が進んでいる。今世紀に入ってからレセプトの電子化が進んだことは前記通りだが、2004年に策定された「健康保険法に基づく保健事業の実施等に関する指針」(保険事業指針)では、効果的かつ効率的な保健事業の実施を図るための重要な施策として、保険者による健康情報の蓄積・活用が位置づけられた。
2008年に施行された「高齢者の医療の確保も関する法律」でも、この考え方がさらに進められ、08年からスタートした特定健診制度において、レセプトの電子化に加えて、検診データの電子的標準化が実現した。全国どこで特定健診を受けても、基本項目はすべて同じで、健診結果も全国で同じ様式で電子的に保険者に蓄積されることになった。したがって、自健保組合の加入者の健康状況を経年推移で捉えたり、他の健保組合と比べてどのような特徴があるのかを知ることで自健保組合の課題や対策を考えることが容易になった。
◆政府の成長戦略における位置づけ
超高齢化の進展に伴い、働き盛り世代からの健康づくりの重要性が高まる中で、政府が金融政策、財政政策に続く“第3の矢”として発表した「日本再興戦略」(2013年6月14日閣議決定)では、“国民の健康寿命の延伸”を重要な柱として掲げた。
この戦略の中では、健康寿命の延伸の問題のひとつとして、「保険者は、健康管理や予防の必要性を認識しつつも、個人に対する動機付けの方策を十分に講じられていない」ことが指摘された。この課題を解決するために、「予防・健康管理の推進に関する新たな仕組みづくり」として、「全ての健保組合に対し、レセプト等のデータの分析、それに基づく加入者の健康保持増進のための事業計画として“データヘルス計画”の作成・公表、事業実施、評価等の取組みを求めるとともに、市町村国保が同様の取組みを行うことを推進する」ことを掲げた。また、個人の健康保持増進に対して、保険者、企業、自治体等がそれぞれの立場から一定の役割を果たすべきことが謳われた。
データヘルス計画の仕組みを活用して、健保組合等が効果的な保健事業に取り組むことが期待されている。
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●意識されている「企業」の積極関与
次に「手引き」からデータヘルス計画の「ねらい」についてみたい。ここではポイントとして、①データヘルス計画は、科学的なアプローチにより事業の実効性を高めていくこと②その特徴は、被用者保険の特徴を踏まえた次の点=○特定健診・レセプトデータの活用○身の丈に応じた事業範囲○事業主との協働(コラボヘルス)○外部戦略も事業者の活用——が挙げられている。
実効性を強調し、その裏側には失敗に終わった(厚労省は失敗とは言わず、データヘルス計画へ継続という表現をしている)特定健診、いわゆるメタボ健診の轍を踏まないという意思が感じられる。特にアベノミクスの第3の矢の一環であることが強調されていることからも、「政府重要戦略」との位置づけを強調することで、関係者の意欲を引き出したい意向が強く感じられる。
「身の丈に応じた事業範囲」は、健保組合にコスト意識を持って事業計画を作成することを求めていることは明らか。また「事業主との協働」は企業経営サイドの積極的な関与を促すものであり、「外部専門事業者の活用」は、既存ベンダーなどICT事業者とのコラボで、すなわち産業的戦略へのつなげる意識も示していると思われる。
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◆データヘルス計画の本質
政府の「日本再興戦略」を受け、2014年3月に保健事業指針の一部が改正された。これに基づき、全ての健保組合は、健康・医療情報を活用してPDCAサイクルに沿った効果的かつ効率的な保健事業の実施を図るため、保健事業の実施計画(データヘルス計画)を策定し、実施することになった。これからは、やみくもに事業を実施するのではなく、データを活用して科学的にアプローチすることで事業の実効性を高めていく。これがデータヘルス計画のねらい。
ただし、「データヘルス計画」は“データ至上主義”のようなものでは決してない。これまでの取組みを振り返り、データを有効活用するもの。具体的には以下(PDCAサイクル)の取組みを進める。
【Plan(計画)】
これまでの保健事業の振り返りとデータ分析によって現状を把握、整理し、加入者の健康課題に応じた事業を設計することで、効果的かつ効率的な保健事業を目指す。健保組合や事業所で実施してきた取組みを見直し、活用する視点が重要。
【Do(実施)】
費用対効果の観点を導入することが重要。そのためには、一部の高リスク者だけを対象とするのではなく、集団の全体最適を目指すこと、言い換えれば、加入者全体に効率的に健康づくりの網をかける資源の最適配分が大切。保健事業は患者に至らない「未病者」が拡大対象集団となることから、医療費だけでなく、生産性の維持・向上の視点も重要になる。
【Check(評価)】
評価に当たっては、計画策定時に評価指標を設定しておくことが必要。また、対象を明確にし、取組みの前後比較や参加しなかった群との比較に基づく評価が大切。短期での効果を評価する指標と、中長期の評価を意識して設定する。
【Act(改善)】
評価結果に基づき、事業の改善を図る。保健事業への参加率が低い状況の背景に加入者の意識の醸成が不十分であったと考えられる場合には、健診結果に基づく情報提供を徹底する。参加の促進に問題があると考えられる場合には、事業を実施するタイミングを見直す、健診受診後に参加への動線を作るといった改善を図る工夫が必要。メタボリックシンドローム該当者の割合が減らない理由として、新たにメタボリックシンドロームとなることが多いことが挙げられる場合には、プログラムの適用対象の設定を40歳未満に引き下げるなど、メタボ層への新規の流入を予防する取組みを試みることが有用。
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●お金がかかることはさらりと書かれているが……
この手引きは、被用者保険の特性を踏まえた保健事業の進め方など、いくつかのテーマにも及んでいるが、ここではPDCAサイクルの紹介まで十分だと思える。PDCAサイクルをみると、特にAct(改善)には、ハードルが高い要素が大きい。プログラム適用対象年齢設定を簡単に引き下げることができるのか、その際のコスト増試算はできるのかなど、当事者には、思わず足踏みしてしまうような方策がさらりと書かれているという印象がなくもない。
こうしたデータヘルス計画は一体、現場ではどのような設計が進んでいるのだろうか。次回には、具体的な健保組合や、自治体の動きを検証する。(幸)