2016年度診療報酬改定後に初めて「かかりつけ医」を受診した。いつもは温厚な先生で、「MRさんも大変だよねぇ」と雑談に付き合ってくれていたのだが、今回は「なぜ他社の製品や同じ領域の薬剤のことを質問しても答えられないのか? 答えられないのであれば、MRの存在意義はないと思う」と憤慨していた。


 日本の医師は欧米の医師よりも約1.5倍忙しい。だから、薬剤を吟味することに、あまり時間を取ることができない。よって、医師が評価するMRのポイントは「質問にちゃんと答えてくれること」である。患者は待ってくれないので、質問に即答できるMRほど、評価が高くなる。


 しかし、日本のMRは「自社製品中心のディテーリング研修×処方依頼中心の活動×医療現場のニーズと乖離したプロモーションコード×MRの真面目さ」という負の方程式の中で、まるで“アリキック※”しかできないアントニオ猪木のような状況になっている。そうでなければ、あんなに温厚だった私のかかりつけ医があそこまで憤慨するはずがない。


 私はこの10年間、「シェア・オブ・ボイス」(SOV)に対抗する概念として「シェア・オブ・マインド」(SOM)を提唱してきた。SOMが拡大すれば、「シェア・オブ・ディテーリング」(SOD)が拡大し、処方意向につながるからだ。


◎シェア・オブ・ボイス(SOV)とは?

 処方依頼中心のMR活動。医師へのコール数・ディテール数を競っている世界。

◎シェア・オブ・ディテーリング(SOD)とは?

 説明会・研究会・講演会・アポイント獲得など、じっくりと話を聞いてくれた&興味があると感じてくれた時間の獲得度合い。提供する情報と薬剤に価値があれば、売上増に結びつく。

◎シェア・オブ・マインド(SOM)

 得意先の医師等の“心のシェア”獲得に向け、長期的な関係づくりをめざす。


 そのSOMを高めるには、「自分の意見を言うこと」が不可欠なのだが、ルールにがんじがらめの真面目なMRには、それができない。「自分の意見を言えないMR」は、喫煙MR以上に嫌われてしまう。


 MRは“被害者”である。コラムの第1回目に、まずこのことを伝えたい。


※1976年6月26日、日本武道館で行われたアントニオ猪木対モハメド・アリによる「格闘技世界一決定戦」で誕生した技。その試合のルールはアリ側が、ほとんどのプロレス技を反則とするルールをごり押ししていた。猪木は考えに考え、試合開始のゴングとともにアリの足元へスライディングをした。これがアリキック誕生の瞬間である。(Wikipediaより抜粋)


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川越満(かわごえみつる) 1970年、神奈川県横浜市生まれ。94年米国大学日本校を卒業後、医薬品業界向けのコンサルティングを主業務 とするユート・ブレーンに入社。16年4月からは、WEB講演会運営や人工知能ビジネスを手掛ける木村情報技術のコンサナリスト®事業部長として、出版及び研修コンサルティング事業に従事している。コンサナリスト®とは、コンサルタントとジャーナリストの両面を兼ね備えるオンリーワンの職種として04年に川越自身が商標登録した造語である。医療・医薬品業界のオピニオンリーダーとして、朝日新聞夕刊の『凄腕つとめにん』、マイナビ2010 『MR特集』、女性誌『anan』など数多くの取材を受けている。講演の対象はMR志望の学生から製薬企業の幹部、病院経営者まで幅広い。受講者のニーズ に合わせ、“今日からできること”を必ず盛り込む講演スタイルが好評。とくにMR向けの研修では圧倒的な支持を受けており、受講者から「勇気づけられた」 「聴いた内容を早く実践したい」という感想が数多く届く。15年夏からは才能心理学協会の認定講師も務めている。一般向け書籍の3部作、『病院のしくみ』『よくわかる医療業界』『医療費のしくみ』はいずれもベストセラーになっている。