【データヘルス計画・その1】


●特定健診受診率の高い方に行わせるデータヘルス計画


 前回までに、マイナンバー制度などを視野に入れた、データ活用による健康政策は誰の目にも明らかなように、高齢化社会、さらに進んで多死社会化の中で、いかに高齢者医療費の増加を食い止めるかが目的で、本丸は医療費増へのキャップ化を目指す意図が明確であることを指摘した。


 成長戦略の位置づけの中に政策として存在を位置づけているとはいえ、本音は医療費は「成長阻害因子」と相変わらずみられていることが明確化したし、少子化政策や移民政策が具体的で積極的な対応的手段として何も語られないのであれば、結果的には成長戦略とは名ばかりで、社会経済の「縮み」の中で、いかに「今ある貯蓄」を維持するかというような印象にしか映らない。


 ギリシャの例をみるまでもなく、国家債務の膨張はいずれ国民生活を圧迫する政策の段階的強化を伴うことは目に見え、緊縮政策が常態化して国民の目に映り始めるときには、実は「小さな政府」政策しか、国家は戦略の取りようがなくなる。それでも、政府の政策は今に至っても、医療費にはネガティブ・マインドで対応し、国立競技場や原発政策にはポジティブ・マインドで突き進むという相変わらずさである。新国立競技場は一応、「白紙」にはなったけれど。


●各論では先がみえないデータによる保健事業


 今回は、15年度からスタートした「データヘルス計画」について、その経緯、背景、目的について、眺めてみる。データヘルス計画は医療ビッグデータ時代の申し子のような形で喧伝されていたり、全く新たな情報インフラを使った健康政策のような印象をバラ撒いている。しかし、最大の目的は高齢者の「健康長寿」を延伸し、つまり「寝たきり」を減らしてその間にかかる医療費を節減することである。そのこと自体は、何も批判されるような政策ではないし、大きな声でその目的が語られてしかるべきだ。しかし、その計画によってもたらされる医療費の分配構造や、データの構造化自体に基本的な核をもてない現状、ましてや年金機構の情報漏えいなどの事態をみせつけられると、各論に至っては合意の取りにくい部分も少なくない。


 何より、データヘルス計画、データヘルス事業が、特定健診の失敗という蹉跌を踏まえ、継続するというベクトルの中で発進していることに、国民の目がそらされていることはやや問題は多いという印象を持ってしまう。データを得たかった「特定健診」が、その目的を半端なままに、データヘルス計画でバトンを受け継ぐのである。


●インセンティブはあるが当面のコストはかかる


 データヘルス計画は、15年度からは健保組合の保健事業の活性化を促すことからスタートする。事業は17年度までの3年間で進められ、18年度にはその成果に基づいて、後期高齢者拠出金の加減算が行われるという、事業実施のための「インセンティブ」がついている。データヘルス計画をうまく実施し、保健指導で一定の成果が出た場合には、当該の健保組合の拠出金が減算される可能性があるわけで、経営の苦しい健保組合にはどうしても取り組まなければならない事情もついて回る。しかし、データヘルス計画を策定し、保健指導をプログラムしたとしても、毎年予算は発生する。それを負担しても、減算でメリットが得られるのかという、コストパフォーマンスに関してはまだ明確な指針が出ているとはいえない。


 データヘルス計画が08年からスタートした特定健診制度からの継続的政策であることは前述した。特定健診制度は、04年に策定された「健康保険法に基づく保健事業の実施等に関する指針」(保健事業指針)という厚生労働省告示を基本に、保険者による被保険者の健康情報の蓄積と活用が位置づけられたことから、準備が開始され、08年に「高齢者の医療の確保に関する法律」が施行されたことで、特定健診制度がスタート、レセプトの電子化に加えて、健診データの電子的標準化が実現した。つまり、データの収集蓄積を目的に、特定健診制度の標準化を目指して、インフラの活用と整備を法制化したといっていい。データヘルス計画の基礎が、固まった時期と認識できる。


 特定健診制度は、08年当時「メタボリックシンドローム」という流行語を生み、例えば腹囲85センチメートル以上(男性)は「メタボ」という概念を国民に定着させた。これが、女性にしか浸透していなかったダイエットへ男性の関心を向けさせ、特定保健食品やサプリメントの隆盛に一役買ったといっていい。そうしたメタボを標的にした商品群市場は数兆円産業に成長し、今やメディア関連の広告等で目にしない日は全くない。


 だが、この特定健診、その後の実績をみるとあまり芳しいものではない。昨年7月に厚生労働省保険局が発表した「特定健康診査・特定保健指導の実施状況」をみると、特定健診の対象者5281万人に対し、受診者数は2440万人。実施率は46.2%で5割に満たない。このうち特定保健指導の対象者は432万人で健診受診者に占める割合は17.7%。特定保健指導の終了者数は71万人で保健指導対象者に占める割合は16.4%だ。健診受診者そのものが低い上に、保険指導対象者の指導を受けている人が低率だということが推定できる。


 ただ、これらの数字は年々わずかに上昇しており、特定健診というより「メタボ」の概念は国民に安定した浸透ぶりを示しているということもいえそうだ。特に、この報告では、特定保健指導の対象者、つまりメタボの該当者と予備軍は、スタート時の08年に比して12.0%減少したことが示されている。4年間で1割以上のメタボ該当者・予備軍が減ったということであり、国民全体にメタボリックシンドロームの理解の浸透と、健康に対する認識はかなり劇的に向上したことも窺える。特に12年度では40歳〜54歳の男性年齢階層の特定健診受診者は60%程度となっており、男性の健康意識改革が進んでいることは確かであり、いわゆるメタボ・キャンペーンは一定の効果は示している。


●低リスク者に高い特定健診受診率と将来の矛盾


 ただ、この報告からは課題も見える。特定健診の受診率を保険者別にみると、健保組合は70.1%、共済組合は72.7%に対し、国保は33.7%、全国健康保険協会は39.9%と明確な差が起きている。一般論的にいえば、保険指導が必要な高齢者、高齢予備軍のウエイトが高いと見られる保険者に受診率が低く、若く安定した所得のある層ほど受診率が高いという傾向が鮮明だ。


 少し飛躍するが、健保組合に対して、加減算という「アメとムチ」を背景にデータヘルス計画を求めるのに、医療費を食う後期高齢者予備軍の多い保険者層に特定健診が低率であるという事態は、因果関係に関して将来の矛盾を孕むことになりはしないのだろうか。健康長寿を現実化するには、そのためのコストがかかる。そのコストを負担している側が、健康長寿に無関心な層の将来コストも負担することになる。医療ビッグデータはそうした将来予測に関してもエビデンスを示して、課題を明確にしておくべきだということにはならないか。


 厚生労働省はデータヘルス計画を健保組合にほぼ義務化する理由について、漫然と特定健診と保険指導だけをやっていればいいのか、もっと発展的に上位の健康政策を展開すべきではないかとし、そこにデータが揃ってきた、それを活用する時期がきたという説明をしているが、それはそれとしても、どうもどこか一方の政策におざなりなところがあるのではないかという印象がしてならない。


●60歳以上の労働者が22.2%を占める時代に備える?


 そのデータヘルス計画を詳しくみていく。ここでは昨年12月に厚生労働省が示した「データヘルス計画作成の手引き」をテキストにしてみる。手引きでは、データヘルス計画の背景について、①社会環境の大きな変化を背景に、健保組合には効果的な保健事業の実施が期待される②「日本再興戦略」の重要施策“国民の健康寿命の延伸”の実現のため、健保組合にデータヘルス計画等の実行が求められる——とのポイントを提示している。


 社会環境の変化とは、人口の高齢化と、それに伴う疾病構造の変化を指している。死因に占める生活習慣病の割合が5割を超える時代と、職場の平均年齢の上昇を挙げ、特に後者に関しては、労働力人口に占める60歳以上の割合は2010年の17.9%から、2030年には22.2%に上昇するとの予測をその根拠にしている。そのことが職場における「年齢構成の変化に伴う生活習慣病になるリスクを高める構造的な課題が内在している」とし、「企業にとって従業員の健康づくりは重要な経営課題」だと説く。


 では、特定健診、保険指導事業をさらに上位にいくシステム、データヘルス計画とは何か。基本はデータに基づく保険事業をPDCAサイクルで回していくということらしいのである。次回はこのPDCAサイクルを詳細にみていく。(幸)