医療費は消費税非課税である。周知のことだが、実は患者が受療する直前までには消費税は発生している。これも周知の事実。しかし、医療における消費税というのは何の意味を持っているのか、どのような処理がされるべきか、実はたくさんの議論があり、意見も見解も議論も主張もうんざりするほど出尽くしている、はずである。それでも、医療機関サイドの不満は大きく、制度の見直しを求める声は大きい。


 こうした背景があることを前提で、ここで改めてこの一文を吟味したい。


 「厚生労働省が定める診療報酬や薬価等には、医療機関等が仕入れ時に負担する消費税が反映されています」


 この一文、医療機関で受診した経験があれば見たことがあるかもしれない。あるいは月1回でも定期的に受診している人は、毎回、見ているかもしれない。かつて出すか出さないかでずいぶん揉めたが、今や当たり前になった医療費の領収書に、かなりの割合で掲載されている。知らなかった人は、慌てて領収書を引っ張りだして見てほしい。書いてない場合もあるが、領収書の欄外の最後に小さく書いてあるものをみつけることができる。


 2年前の14年の健康保険法療養担当規則の改正で、この一文の領収書への記載が可能になったのだ。同年1月8日の中央社会保険医療協議会(中医協)で、厚生労働省が医療明細書への記載を提案、これが受け入れられたものだ。当時の病院側中医協委員は、明細書ではなく患者の関心が高い領収書への記載を求め、それが認められたという経緯もある。


 しかし、この一文、いったい何を言いたいのか、正確に解説できる人はどの程度いるのだろうか。この記事を読んでいる人は、とにかく医療関連の仕事をしているか、関係の人だから、わかる人の割合は一般よりはるかに高いはずだが、あまり縁のない人にはまるで理解のしようがないように思える。


 確かに字義通りに読めば、「あなたが支払っている医療費には、病院やクリニックが、あなたのために必要なものを購入した際の消費税分が含まれています」と、読める。しかし、医療費には消費税はかからないという前提を知っている人には、まるで意味が通じないのではないだろうか。医療費には消費税は無縁だというのが、そもそもの国民への説明だからだ。


●誰に何を説明しなければならないかも不透明


 もっと振り返れば、この一文、厳密にいえば誰に何を言いたいのかさえよくわからなくなる。医療機関は実は、自分たちのところまでの取引では消費税が必要になっています、ということを患者に知らせるのが目的なのか。それとも、実は医療費には消費税がかかっていますよと宣言しているのか。もっと砕けて言うと、医療機関側に立った説明なのか、医療費と消費税に関する「処理」を、厚生労働省の立場から説明しているものなのか。


 実は、領収書にこの記載をしていない医療機関もかなりある。多くの消費税問題に意識の強い医療関係者は、知らない医療機関が多いと推定する。だが、問題意識をもってこの一文を読めば、湧いてくる疑問の多さにたちまち唇が尖りそうな気がする。


 14年の中医協では、消費税分の診療報酬への反映に関してやはり、同年4月からの5%から8%への引き上げを前提にした議論が起きていた。むろん、医療の非課税は継続されたが、特に医薬品取引においては、医療機関、薬局段階では消費税をいかに反映するかという論議と同時に、患者にそうした経緯があることを認識させる必要の是非も論議となっていた。その結果が、この一文になったわけだが、その論議の経緯を見る限りにおいて、次の消費税率引き上げ時には、もっとややこしい議論が起こるかもしれない。


 単純に、8%から10%への引き上げが予定されているだけでなく、消費税10%は今後の最も大きな政治課題になることは目に見えている。軽減税率という新たな複雑性を帯びそうな気配を持つ政策導入は濃厚だし、失速気味のアベノミクス景況感の中で、本当に17年4月の引き上げが可能なのかどうかも雲行きははっきりしない。


 安倍晋三首相は、国会答弁で「リーマンショック・クラスの景気変動要素がない限り、消費税引き上げスケジュールに変更はない」と、現段階では述べているが、エコノミストの中には、株価1万4000円割れを「リーマンショック・クラス」と観測する向きが多い。その株価水準はすぐ目の前にあるような気もするし、この記事が出るころには、現実化しているかもしれない。


 医療と消費税に関しても、15年12月に決まった与党税制改正大綱は、診療報酬を主要な問題意識とする「控除対象外消費税問題」について、17年度税制改正で「総合的に検討し、結論を得る」と明記した。医療費についても、10%引き上げ時には何らかの検討が必要であること、そしてその論議の結論を得るには期限が切られていることは認識されたことになる。


 政局の焦点としての消費税問題が、医療との関連でどのような議論となっていくのか、現状ではよくわからないが、とりあえず医療と消費税のこれまでの課題を整理して、今後の動向に関心を向けたい。


●「損税」から「控除対象外消費税」問題へ


 医療と消費税の関係について詳しい人には釈迦に説法であることは承知のうえで、本稿を進めていく。肝心なのは、「控除対象外消費税」という言葉の意味。


 控除対象外消費税を非常に単純に説明すると、そもそも消費税は消費者が支払う税であり、事業者に納税の義務はない。例えば小売事業者は、消費者に商品を販売した段階で、現在では価格の8%を消費者から支払いを受ける。その小売事業者は、卸から購入した時点で支払った消費税分を差し引いた額を、消費者から得た消費税分として支払うことになる。この時点で、小売事業者が自ら支払う消費税はない。取引が幾層になっていても、この仕組みが正常につながっていれば、8%の消費税は消費者だけが支払うことになる。消費税という趣旨からすれば当たり前のことではある。


 事業者は、幾層になっていても、消費税分は税制上、「控除」の対象となる仕組みだ。しかし、社会保険医療は、消費税非課税。消費者、この場合、受診した患者には消費税を支払う義務はない。すると、医療における商取引の最終場面は医療機関ということになり、消費税の負担者は医療機関となる。つまり、消費税非課税の分野では、消費者の直前の事業者がエンドユーザーとなってしまう。医療機関は、卸や製薬企業から医薬品を購入するが、その時点では8%分の消費税を支払う。社会保険医療サービスを受ける患者が非課税なのだから、卸や製薬企業と医療機関の間の取引は非課税とはならない。そうなると医療機関は自らが消費税課税対象者で終わってしまい、支払った消費税分は医療機関の負担となってしまうのだ。


 最終消費者が実際には患者であるにわけだから、その患者に渡した医薬品価額のうちの消費税分は控除されれば問題はない。しかし、事業者が消費税課税取引の仕組みの中で控除を受けられるのは、消費税を課税できる分野だけという、消費税制上の仕組みがある。つまり、医療機関が負担する消費税は控除されないものであり、「控除対象外消費税」というシロモノとして存在してしまうことになる。


 消費税が非課税となるのは、社会保険診療だけではない。10項目以上の非課税分野があるが、馴染みの多いという点では、学校教育、教科書、賃貸住宅などが挙げられる。しかし、それらが控除対象外消費税として問題になることはあまりない。むろん、それらの分野でも、消費者に消費税という負担は起きないが、サービス提供者(最終事業者)の取引段階では消費税が発生するはずだ。しかし、それらの分野はその分を価格に転嫁できる。


 しかし、社会保険医療サービスは、公定価格が決まっている。モノとして考えるなら薬価がその筆頭と言っていい。医療機関は、この公定価格で患者に対価を請求するしかないわけで、価格転嫁は自由には行えない。


 日本で消費税が導入されて以後、この問題は医療機関にとって悩ましい問題として存在し続けてきた。日本医師会など医療関連団体は、3%時代には「損税」と言ってきたが、5%になってからは「控除対象外消費税」というようになってきた。背景には税率が上がる中で、医療機関負担が過大になってきたということもあるが、診療報酬や薬価の中に、「補填分」が財源化されてきたということもある。それが、冒頭の「一文」につながるわけだが、患者は「それでは、医療費は非課税ではない」と誤解する可能性もある。


 次回からは、控除対象外消費税のメカニズムをもう少し詳しくみながら、そのうえで診療報酬、薬価の「補填」と医療機関の負担感などをみていく。(幸)