●がん領域では低酸素イメージングに期待


 今回はがん分野に関する分子イメージング技術の創薬候補物質探索の状況をみてみたい。現在、がん分野ではこれまでの研究で進められてきた分子イメージング基礎研究を、臨床で実証することを目的にしたプロジェクト研究が進み始めている。つまり、ヒトでの分子イメージングを用いた抗体医薬の適合性、検査法の確立、放射線や抗がん剤耐性のあるがん幹細胞を標的とした「PETプローブ」の開発、がん幹細胞の検出法の確立、といったものが研究の主分野として進められている。


 こうした創薬候補物質探索拠点として代表的なのは、理研分子イメージング化学研究センターによる分子プローブの開発、供給を核にして、国立がん研究センター中央病院、北海道大学遺伝子病制御研究所を軸にした共同研究が行われているものが挙げられよう。


 分子プローブは、生体機能の解明・探索を可能とする、あるいは特定の分子を認識することができる分子の総称として理解されている。当該分子の局在や動態を可視化するために、蛍光や放射線などを発生するユニットを分子内に組み込み、標的とする分子、組織、細胞、あるいはタンパク質などを観察するのが目的の分子だ。例えば、可視化したい組織が蛍光分子だった場合、蛍光プローブγ線を放出する11C(カーボンイレブン)、18Fなどを組み込んだ分子をPETプローブと呼んでいる。


 国立がん研究センター中央病院では、抗がん抗体の適合性評価のための分子イメージングの臨床研究が予定されている。目的は、抗体医薬による治療法の選択のための検査法の確立、乳がんの早期発見、診断につながる非侵襲的な分子イメージング技術の開発。一方、北大遺伝子病制御研究所は、がん幹細胞を標的としたがん根絶療法の創出という、期待度の高い研究が進められようとしている。新規がん幹細胞診断法及び生体内がん細胞破壊によるがん根治療法の開発をめざすものだ。


 こうした分子イメージング技術、特に分子プローブの開発は、検査法の確立、がん細胞破壊といった検査→治療といった、きわめて現在的な診断・治療の高度先進化を促すと同時に、その先にあるのは超早期微小がんの発見につながる技術ともなる。がん細胞特異的発現分子を見つける技術開発であり、いわばがんそのものの発症を抑制する、いわゆる先制医療の最初の現実化になるかもしれないとの期待も抱かせる。つまりは、創薬開発技術の進展の途上から、発症抑制的な発想を持った研究も派生してくる、あるいは本流化する可能性も秘めているということになる。


●診断から治療を連続するセラノスティックスの時代


 分子イメージング技術のがん診断、治療への応用は今後の展開に強い期待を持たせるものだが、イメージング技術開発そのものはPETプローブの開発でも理解できるように、その中心を担うのは「核医学」だ。実は、核医学でのがん診断・治療はこれまで連続性をもった療法が行われてきた経緯がある。専門家には釈迦に説法だが、ここでは少し説明を加えておく。


 このような療法は、「セラノスティックス」と呼ばれるもので、治療を意味するセラピューティクスと、診断を意味するダイアグノスティクスを合わせた表現。セラノスティックスでよく知られているのは、転移性甲状腺がんの放射線ヨード療法である。131Iを使ったシンチグラフィで画像を撮り、転移診断し投与量、治療方針を固め、131iカプセルを投与し、その後イメージング画像を撮ってフォローする。


 このセラノスティックスという方法は、低悪性度難治性リンパ腫の治療法であるゼバリン治療、神経内分泌腫瘍のソマトスタチン受容体イメージングから継続する内用療法でも使われている。


 がんの分子イメージングはこうした古典的な治療法が実はベースとなって、その段階を詳細に分析しながら、新たな技術との融合で、さらに新たな展開に向かっているということができる。


●期待がかかる治療薬の動態評価


 こうしたベースから、ではどのようにがんの分子イメージング技術開発が展開されようとしているのだろうか。


 まず、イメージングによってがん細胞、がんの微小環境の特性を知るという特徴が基本的な主題だ。そして、次にこれらの特性の空間的、時間的な不均一性を見ることが可能になってくる。空間的不均一性は、がん組織内での不均一性をみると同時に、原発巣と転移巣の差異を確認することにもつながる。時間的不均一性は、治療による変化を観察すると同時に初発巣と再発巣の違いをみることにもつながる。こうした、空間的、時間的な不均一性をイメージング技術でみて、それを治療へ継続するのはセラノスティックスから進化して多様な治療(あるいは超早期の診断)につなげる可能性への期待が高い。


 空間的不均一性を見る際も、PETプローブ技術の駆使で、非侵襲的で、全身を観察し、治療の量的イメージ、つまり「定量性」をみることができるメリットが大きい。また時間的不均一性は、個別化医療の適用に適正な判断の指標となる。そうした展開が、核医学で行われてきたセラノスティックスの多様化、多角化の長所を応用できるかもしれない。つまり、正確性と迅速性の確保というメリットにつながる。


 これをもう少し具体的にがん診療全般への影響でみると、分子イメージング技術は、がんの性状評価に関して、治療抵抗性、悪性度の判断、転移の可能性の予測(時間的、部位の起こりやすさの予測)、治療標的そのものの的確な確定などがあげられる。また、治療薬の動態評価という点でも期待は大きい。効果、副作用、容量設定などの予測が相当の正確さで予測できることもあるし、その意味では抗がん剤評価の全般に関して分子イメージング技術の資料要求が高まることは必至だ。すでにその要求は具体化しつつあるが。


●がん幹細胞、通常のがん細胞にも有効な分子プローブも


 現在進んでいる分子イメージング技術の例をみる。がん細胞分裂の要因として低酸素・低体温がることは1930年代からのいわば常識として知られているが、この低酸素領域の腫瘍内での存在を分子イメージング技術で突き止め、がんの悪性度の診断や、治療抵抗性を知ることで治療に役立てる研究が進んでいる。さらにはこれをアイソトープ内用療法につなげ、セラノスティックス型の治療法へと進展する期待も強まっている。


 低酸素分子イメージングの臨床的意義については、治療効果予測、予後因子の予測、適正な治療方針の決定などが挙げられるが、特に治療方針については陽子線、重粒子線を含めた放射線治療計画の適正な画定に大きな寄与があるのではないかとみられている。アイソトープ治療への連携、つまりセラノスティックスでは低酸素組織への特異的集積が高い二トロイミダゾール誘導体が代表的なPETプローブ。この第2世代である2-二トロイミダゾール誘導体(FAZA)による局所進行非小細胞肺がん患者での臨床試験が進んでいると伝えられる。


 研究が進んでいるPETプローブには現在、低分子PETプローブとペプチド・抗体プローブの2つに分けられる。


 低分子PETプローブは、低酸素PETイメージングが先行しており、紹介したFAZAのほかに、集積機序が異なるCu-ATSMというトレーサーも開発研究中。組織非選択的血液潅流トレーサーで、急速に組織内に移行し低酸素細胞内に貯留するとされる。Cu-ATSMは頭頸部がんの予後予測因子、グリオーマの悪性度・低酸素予測に期待がかかる。がん幹細胞、通常のがん細胞の両者に有効な治療法との評価は専門家に浸透し始めている。


 ペプチド・抗体プローブはがん、新生血管のイメージング、抗血管新生治療のモニタリングへの応用から、内用療法への展開も期待されている。


 次回は最終回として、PET分子イメージングの今後の実用化に向けた課題、安全性確保、規制に関して動向をみる。(幸)