●AMEDの開設で期待するイメージング技術研究界
今年4月、新たな独立行政法人「日本医療研究開発機構」(AMED)がスタートした。政府の日本再興戦略の一環として、医療技術開発分野の国家政策の先端部分、プロジェクトの最高機関が日本でもようやく設置されるというニュアンスで、スタート前には発表、報道が盛んに行われていた。共通する表現は「日本版NIH」。
ただスタート直前の政府公式発表は、日本版NIHと呼称されることをあえて否定し、「日本独自」の研究開発システム確立を目指す組織という表現が目立っていた。医療研究開発の道筋をオーソライズするという印象を薄め、医薬品や医療機器の開発支援を行うファンディング・エージェンシー(資源配分組織)という色彩を明確に打ち出した。つまり選択された研究課題の資金配分が大きな任務であり、それに伴う運営管理、企画などを行うということが強調されている。
初代の理事長に就任した末松誠・前慶応大学医学部長は、ある専門誌のインタビューで、AMEDは内閣に設置された健康・医療戦略推進本部の意向を受けて、文科省、厚労省、経産省からの補助金をもとに研究予算の管理配分を行う組織だと説明している。事業部門は、「戦略推進部」、「産学連携部」、「国際事業部」、「バイオバンク事業部」、「臨床研究・治験基盤事業部」、「創薬支援戦略部」の6つの部門に分けられた。
創薬支援も位置づけられているが、一部は医薬基盤研究所の部門の継続もあり、人事も一部、横滑りで行われている。ただ末松氏は、同インタビューで中でも重要なミッションのひとつとして「医薬品」、つまり創薬への支援を挙げている。そして、その創薬の基盤あるいは中核として、分子イメージング技術への期待が今、クローズアップされている。
●今はシーズ探索や前臨床試験の効率化への期待が強いが
さて、そもそも分子イメージングとは何のことを言い、どのように創薬開発への役割を担うものだろうか。多くの読者には常識かもしれないが、この連載を始めるに当たり、少しその国内における歴史的経緯や、創薬に関連する分子イメージングの「範囲」といったようなものをみてみよう。
日本では、創薬関連の分子イメージングの研究拠点は、現段階では神戸の理化学研究所、千葉の放射線医学総合研究所とみていい。研究者の世界をみても、関係する研究会等の参加者は、関連する製薬企業関係者を除けば、両研究所に所属するか、兼任している人間が多い。むろん疾患別、研究分野別では、大学や他の研究機関も関わっているが、その多くが両研究所と実質的な連携関係を保つ。そのため、ここでは両研究所の状況を中心にみることを断っておきたい。
分子イメージング研究が創薬プロセスの中で、何を期待されているか。それはこれまでの主に探索研究、前臨床試験にかかっていた膨大な期間と費用を節約ということにある。
従来の新薬開発は、大規模な動物試験等によるシーズ探索、スクリーニングを経て候補物質を選び出し、ヒトでの長期間にわたる安全性の確認、薬効の評価を目的とした実証試験、化合物への最適化、つまり用法用量確定のための様々なデータ獲得のための時間と費用を投じてきた。
これが分子イメージングの活用によって、例えばシーズ探索に関しては、動物用PET装置で同一個体を継続観察することなどで、小規模の動物試験で薬物候補を絞り込むことが可能だとされる。また前臨床段階では、マイクロドーズ(MD)試験による早期探索臨床試験で、ヒトに最適ではない化合物以外を除外したり、ヒトに最適とみられる用量などの設定が行える。このことは前臨床試験から臨床試験への移行をスムーズに促し、従来、ここにかかっていた期間・費用が大幅に改善される。一方、臨床試験段階でもイメージングバイオマーカーで定量的な薬効評価を行い、臨床試験での試行錯誤を最小限に抑えることができるのではないかとみられている。
MD試験に関しては、2000年に入った頃から、国内でも前臨床試験から臨床への効率的な手法として定着を目指す動きがあった。手法としてはPETを使う方法が最初に登場したが、その後、LCMSMSなど高感度の質量分析器を活用した方法なども盛んに報告、発表された時期もある。高感度質量分析器を開発する企業や、検査会社などにこのノウハウが蓄積されつつあった頃で、こうした企業群の新たな創薬分野の市場開拓なども期待された。MD試験への誘導を図る研究者たちはその後すぐ、製薬企業も参加する大規模な研究会やシンポジウムを相次いで開催したこともある。
しかし、当時の製薬企業関係者の反応はかなり冷やかだった。その背景には、ICHを軸に新薬開発に関する国際的なハーモナイゼーションの動きが加速、特に前臨床試験における国際試験の外挿が緩和される状況の中で、国内でMD試験などのコスト負担を抱えるのは効率化でも何でもない、という認識が企業側に横溢してきたという状況もある。あるシンポジウムでは、「この国際化時代にMD試験に関する新たな取り組みは、前臨床を含めた臨床試験全般に新たな規制分野を作る可能性がある。(MD試験を推進する)貴方たちは正気なのか」と言い捨てて、会場から退出していった製薬企業関係者もいたほどだ。
●MD試験などの公知が進んできた
しかし、MD試験を活用する、あるいは関心を示す企業がなかったわけではなく、審査承認機関も、MD試験に関するルール作りは行われた。MD試験を含む分子イメージングを活用した創薬へのトライアルは実はその間も確実に進んではいた。
理研や放医研などが、積極的に分子イメージング研究をスタートさせたのは05年頃からだとされる。08年6月にはMD臨床試験ガイダンスが公示され、それを受けて同年7月には改正治験薬GMPが公示されている。一応、この段階で分子イメージングと創薬の取り組みの嚆矢となったMD試験は「公認」となったわけで、その後、様々な試験機器、研究基盤の整備を受けて、「早期探索的臨に試験を含むガイダンス」が10年2月に公示されている。
PETはがん診断の「切り札」的な扱いで、90年代後半から脚光を浴びたが、その後、PET検診の浸透、がんに対する鑑別診断の保険適用などもあって、医療的には日常診療として定着した。
現段階では、PETは創薬の世界、つまり分子イメージングの世界でその役割を再確認されようとしている。MD試験の質量分析器の活用という頓挫はあったが、やはり測定の切り札はPETなのだ。このPETを軸にしたイメージング・データの活用は治験申請の際の薬理試験結果など、申請の要件とされる状況も作られている。今後は、放射性イメージング事業のガイドラインの策定などとともに、バイオ医薬品安全性ガイダンスなどに分子イメージング技術が要件化されていくことになるとみられている。
●浸透したPETの汎用性
分子イメージングを語る中で、なぜPETが軸となるのか。それはPETが開発されてすでに半世紀は経っている(検診などへの実用化はここ20年だが)ことから、その技術に対する核医学を中心としたアカデミアの研究業績が集約されてきたこと、PETカメラだけでなく、ポジトロン核種の合成研究が進んできたこと、画像構成や吸収補正などの定量性を安定化させる技術が確立してきたことなどがあげられている。そして何よりも、がんの鑑別診断能力を背景に、臨床サイドにもPETそのものに対する理解が進んできたことも大きいといる。
PETは今さら説明することもないかもしれないが、放射線で標識された薬剤を動物やヒトの体内に注入し、その薬剤が放出する放射線をカメラで捉え、画像化するものだ。その標識薬剤の動き、量的分布などを分析して、がんの発見、発がん部位特定、がん治療の効果測定などに活用されてきた。
いわゆるがん診断に使われるPETは、放射線で標識化したブドウ糖の一種、FDGを体内に注入、それが腫瘍に集積する性質を利用して、部位の特定、転移の状況、がんの大きさを測定する。用途に応じて放射線標識する薬剤を開発すれば、分子レベルでの体内動態を画像化(イメージング)することができ、前臨床試験での活用、臨床試験での適用も可能になる。
ただ、標識される薬剤によって、放射線半減期が異なり、その半減期を知ることがカギでもある。比較的、半減期が長いとされるFDGでも90〜120分とされ、そのため、PET検診が始まった頃は、多くのPET施設がFDG院内製造施設も同時に設置した。現在は、日本メジフィジックスが全国的なデリバリー網を形成しており、FDGに関しては、院内製造施設のない医療機関でもPETカメラを装備することは可能になった。
創薬関連で、PETによるイメージングが主流になると想定されているのは、短半減期核種を用いることによって非常に高い比較放射性活性が得られるという超高感度性、標的分子の多様性があること、体内の深部まで画像を得ることができるなどの特性が挙げられる。標的分子の多様性とは、開発標的となる分子に放出核種をつけ、体内動態をイメージングすることである。原理的には、すべての有機化合物に標識は可能だとされている。
PETによる創薬分子イメージングには、創薬候補分子そのものに標識しその活性等を追跡する目的と、その創薬候補分子を定量化などの評価をするために、別の評価分子を標識する手法がある。言い換えれば、創薬の段階でその開発段階の途上で、用途に応じたイメージングが可能であるということになる。
●オーダーメイド医療、先制医療技術開発への期待
分子イメージングの創薬への活用を簡単にとりまとめると、ヒト、動物で薬効評価、用量設定、薬物動態、DDSの開発、副作用メカニズムの開発、適用患者の選択など、多岐にわたるとされている。特に前臨床段階での応用の次に関心を集めるのが、適用患者の選択にあるとみえる。いわゆるオーダーメイド医療への途を大きく開く可能性も、専門家の視野にある。また、その手前では個別の人々を対象とする先制医療への期待も専門家には夢ではないとの見方も、分子イメージング技術進化の見通しの中では語られている。
そのひとつのカギを握るとされるのが、創薬開発に付随して、分子イメージングを活用したコンパニオン診断薬の開発。次回は、特に強い認知症の早期診断、予防、治療に関する分子イメージングの活用など現行の分子イメージング研究をみるとともに、AMEDが意欲をみせつつあるコンパニオン診断薬の開発について眺める。(幸)