【データヘルス計画・その5】
●結局は「専門業者頼み」になるかもしれないデータヘルス計画
前回、最近医療を担当する行政関係者が「医療制度」という言葉をあまり使わなくなり、代わって頻繁に使われ始めたのが、「保健医療システム」であることを説明した。データヘルス計画に関する各種の動向や課題、あるいは地域の取り組みなどをみていくと、実は、データヘルス計画に象徴される「保健医療システム」は、医療保険制度を軸に、疾病治療の費用の収支を管理するという仕組みを示す従来型の「医療制度」という概念と、本質的にはあまり違わないことが理解できるかもしれない。
新たな概念は治療に加え、疾病予防、介護・福祉の一部を含むことが反映されているといえるが、これはつまり、将来的に「治療」だけが医療ではない、わかりやすくいえば、治療前も、治療中、そして「治療後」(死亡を意味しない。ターミナルケア的介護状態を指す)も含めて、「保健医療システム」という言葉になり、従来と医療の管理システムは変わった、幅広いものとなったという意味は伝えられるし、システム管理の手法の変更という点では、その通りかもしれない。
しかし、従来から地域が、地域の実情に応じて様々に取り組んできた個性的な地域保健活動を、「保健医療システム」という上意下達のシステム導入で切り取ってしまうのではないかという懸念は生じる。前回も指摘したことだが、ICT技術の活用によって、従来型の医療保険制度、つまり保険医療費をトリガーにした医療行政手法が変わるように見えていて、実は全国一律に「保健医療システム」に変わるだけではないか、というのがこの論考の主題である。
例えば、こうした介護、ターミナルケアまで含めた地域の取り組みが、前回触れたような様々な地域の実験的な例にみられるように、地域がそうした試みを目指さざるを得なかったのは、多くのそうした地域が、「高齢化」、「超高齢化」にすでに入るか、入ることが極めて近い時期に想定されていたからである。全国平均で高齢化が進んだ、だから医療ではなく保健医療システムにしなければ、制度管理が難しいというのは、地域をやはり国が平均でしかみてこなかった証左であるともいえる。ただ、反論も予想できる。新たな保健医療システムは、仕組みは全国共通でも、データの運用でその地域の特性はカバーできる、これまでの一律の医療制度ではない、と。共通化されたプログラムで、個々のデータを地域に展開することで、当該地域の特性への対応はできる、と。
しかしそれなら、自治体への予算(補助金)政策で、なぜこのシステムが活用されるのかがわからない。濃淡がつくことを新たなシステムでやれるのなら、その濃淡を予算に反映することは、結局、これまでの医療制度と何が違うのだろうか。国保保険料の徴収率の低い自治体、医療費の高い自治体へのこれまでの締め付け政策と、本来的に何が変わるのだろうか。それであるから、結局、自治体は全国一律の「保健医療システム」に右倣えをせずにはいられない。そこに、ICTに対応するハード、ソフトの技術導入コストがかかることで、自治体財政はICT技術を供給する民間市場に頼らざるを得なくなる。
地域が、地域の実情に沿って地道にやってきた地域保健システムはいったん崩し、政府の「保健医療システム」に統合しなければならないのである。かくして上意下達で方向性を示され、具体的なシステム構築は民間に任すことで、結局は地域の独創性は失われていく。
●どうしても独創的な計画は作りにくい
データヘルス計画は健保組合では15年度、今年度からスタートを切っている。地域保険者にも適用されることから、地域での計画構築も進み始めている。しかし、多くの自治体のデータヘルス計画をみると、前回にも少し触れたが、まるで「金太郎飴」だ。ほとんどが雛型に基づいてコンテンツを構成し、地域のデータをそこに当てはめていく作業が主流になっている。これは、比較的、独創性を出し易いと思われる健保組合でも同様の傾向がみられる。
自治体の代表的なデータヘルス計画の例をみよう。まず目次は、以下。
第1章 総論
第1節 保健事業実施計画(データヘルス計画)の基本的事項
1 背景
2 保健事業実施計画(データヘルス計画)の位置づけ
3 計画期間
第2節 地域の健康課題
1 地域の特性
2 健康・医療情報の分析および分析結果に基づく健康課題の把握
3 目的、目標の設定
第3節 保健事業の実施
第4節 その他の保健事業
1 COPD(慢性閉塞性肺疾患)
2 子どもの生活習慣病
3 重複受診者への適切な受診指導
4 後発医薬品の使用促進
第5節 保健事業実施計画(データヘルス計画)の評価方法の設定
第6節 保健事業実施計画(データヘルス計画)の見直し
第7節 計画の公表・周知
第8節 事業運営上の留意事項
第9節 個人情報の保護
第10節 その他計画策定にあたっての留意事項
総論では、日本再興戦略に基づいて、健保組合にデータヘルス計画の策定と実施が求められたこと、自治体でも国保法改正に基づいてデータヘルス計画の策定が求められた経緯などを示している。また特定健診に関しては、「特定健診等実施計画」は、保健事業の中核をなす特定健診および特定保健指導の具体的な実施方法を定めるものであるから、データヘルス計画と一体的に策定することを明記するのもほぼ共通している。
その他の保健事業で、重複受診者への指導、後発医薬品の使用促進が含まれているのは、医療費への影響を測定する面では、分かり易い指標となるのは自明である。一方で、特定健診・特定保健指導の評価方法に関しては、地域の独自性が反映されてしかるべきだと思うが、あまり具体的な指標は現状では少ない。CKDの抑制、COPDの抑制などが目立っているが、特にCKDは人工透析の抑止という、費用効果が測定し易い疾病管理が優先される方向にある。
●個人情報管理の側面からも専門業者ニーズ
一方で、具体化が進み始めたとされる健保組合でも、いくつかの課題が指摘されている。例えば、データヘルス計画の実施主体は個々の健保組合であるが、事業所(企業)への計画への参画が不透明なままであることだ。事業所によっては健保組合と一線を画していることも多く、一部の組合関係者からは不満として示されている。事業所側に責務が明確でない以上、従業員およびその家族の計画への認識、具体的には特定健診・特定保健指導への参加意欲が低いという認識も組合側には強い。
ことに、データヘルス計画策定の目的が、つまるところ医療費の抑制にあることをわかっている健保組合にとって、事業者側がそうした目的への意識が低いことは、「協働」の意識を双方に失わせるという現実感もある。事業者側にどうして認識の低い事態が生まれているのかは、そもそも日本の保健医療システム(医療制度)の根本的な課題のようにも映る。端的にいえば、医療費への関心、ヘルスケアへの関心はもともと日本の企業には真剣に考える土壌がないといえば言いすぎか。
政府が事業所に対して、健保組合との協働を促す政策を採らない限り、結局は特定健診・特定保健指導制度を導入して以降の話と同じ結果が待っているかもしれない。ただ、今回のデータヘルス計画は、ICT産業の市場拡大契機という成長戦略ともからむ。今後、この「協働」に政府がどのようなアクションを起こすのかも、一部には関心が強まっている状況がある。ICT産業のデータヘルス計画による市場化については、次回最終回で紹介したい。
事業所との協働ができないために、計画の遂行の支障になっている具体的な例は、個人情報との兼ね合いだ。職域で、一体となってデータヘルス計画を進めるには、事業者側にある程度、個々の情報を開示して全体で取り組むという必要性が強くなる。保健指導で一定の休暇やドック検診、あるいは企業内メールを使ったりすることは、事業所のみならず従業員の同意を取得する難しさがある。さらに家族までとなると、事業所側のハードルは高くならざるを得ないという状況になる。
こうした個人情報の問題、計画の精度向上、評価体系確立、測定、結果のフィードバックという課題は、このデータヘルス計画が持つアキレス腱でもある。現在、政府は、健保組合、自治体に「計画を立てろ」と言っているだけだ。立案以後の課題克服には、サポートをする「業者」が必要になる。現状では、1自治体単位でも年間数百万円の資金が、計画構築から評価、測定までの間に必要だといわれているが、現実にその「相場」に関しては、あまり表面化した情報はない。健保組合では、被保険者が若い世代ということもあって、業者への委託は、個別的になるとみられているが、そこの計画項目部分ごとの相場目安も明らかではない。特に健保組合では、先述した個人情報問題が、業者を通したほうがマスクしやすいという見方も強い。
そして、こうした「データヘルス計画産業」が出現しているのが、まさに現状であり、次回はこうした点にスポットを当ててみたい。(幸)