【データヘルス計画・その4】


●「医療制度」から「持続可能な保健医療システム」へ——データヘルス計画


 これまでにデータヘルス計画の実際の内容、先行しているモデル的なケースをみてきたので、データヘルス計画が実際にどのようなシステム設計で進むのかは説明した。


 だが、この間にも、データヘルス計画に関連するとみられることで、いくつかのトピックスがニュースとなった。ここでは少し、寄り道をして、これらのトピックスをおさらいしておこう。


 まず9月3日に衆院本会議で可決成立したマイナンバー法改正案だ。同時に個人情報保護法案も改正された。これによりマイナンバー法は、10月から国民一人ひとりに12桁の番号が通知され、個人情報との結びつけが可能となる。現段階で、結び付けられる個人情報は自治体や国など、行政機関が中心に捕捉している情報が中心となると説明されている。税や預貯金との連結も可能になり、その機能は、本当に関係機関が性善説に基づいて有効に機能的に活用できるかどうかにかかる。今後の運用内容が透明性を確保された中で、公開されていく必要があることは言うまでもない。


 その点で、同時に改正された個人情報保護法は、こうした透明性の確保を目的に、来年1月に予定される「個人情報保護委員会」の改組が改正目的だ。14年1月にできた「特定個人情報保護委員会」を改組し、行政機構ごとに行われてきた個人情報保護の監視・監督役を横断的に行える仕組みに作り変えた。「横断的に」というのは、例えば18年にも導入される予定の金融機関情報との結びつけでは、所得把握、預貯金情報、年金情報など、個人の資産関連に関しては、微妙な問題が山積することは、素人でもわかる。


 あるいは、交通関連の各種ICカードとの紐付けを考えると、交通情報のみならず、効率的な交通システム開発や改革に使われるだろが、そのデータ管理が正常に行われなければただのビジネス情報に堕し、有効に使うのは、それをカネに変えられる一部のグループだけということになる。それ以前に行政や、金融機関などが個人情報保護にこれまでナーバスであったかという証拠は、残念ながらあまり証明されていない。個人情報の流出事故、事件はこれまでどの程度あっただとうか。ほとんどの人には、あまりにありすぎて記憶に残らない事件・事故も多いのではあるまいか。


 誰しもが現時点で考えることは、マイナンバー制度のメリットに関する様々な将来展望より、個人情報が「オープンになる」というイメージによる「不安」である。ICTの高速の進歩に、人々の理解が追いつかない状況の中で、ICTの技術進捗を早く知った者が得をするという状況を、これまでかなりの人が漠然とではあっても嗅ぎ取っているはずだ。犯罪や、犯罪すれすれの金融情報の問題は、枚挙にいとまがない。そして、それがその管理ICTのそばにいる人間によって、行われ、引き起こされてきたという事実も多くの人が知っている。「何でも性悪説で考えられると、次代の情報技術を活用した効率的で、快適な世界は得られにくくなる」という主張も、マイナンバー制度の推進派から聞かれるが、性善説が受けいれられる素地は、これまでの状況からみるとまだ小さいといえる。その分、改正法が目指す将来世代へのメリットが目に見える状況はかなり先になるとみていいだろう。


●特定健診・特定保健指導の蹉跌が落とす影


 マイナンバー制度は、現段階では社会保障政策との関連では、主に年金や生活保護など現金給付関連の情報との連携が想定されているようである。いわゆるデータヘルス計画など、健診、保健、診療情報との連携は今後の課題とされるが、団塊の世代がすでに前期高齢者となった現状では、その効果が「現在語られている」ほど得られるかは疑問だ。


 確かに、地域包括ケアなどの現状課題を解決するためのネットワークづくりなどでは有効だし、期待も大きい。しかし、例えばデータヘルス計画は、健康管理、疾病管理の発想であり、疾病予防、重症化抑制が目的だから、現状の高齢者はすでに多くをこのシステムで管理していくことは難しい。今すぐに、これらのネットワークを結ぶ、強力なシステムが眼の前に現れれば別だが、まだ、マイナンバー法でもその部分での活用は全く設計は示されていない段階だ。たぶん、健診受診率が100%であり、特定健康診査(メタボ健診)が当初の理想どおりに展開していれば、その実現はすでに具体化段階だっただろうが。


 余談になるが(多くの人はご存知だと思うが)、最近、医療を担当する行政関係者は「医療制度」という言葉をあまり使わなくなっている。代わって頻繁に使われ始めたのが、「保健医療システム」。医療保険制度を軸に、疾病治療の費用の収支を管理するという仕組みを示す従来型の「医療制度」という概念から、治療に加え、疾病予防、介護・福祉の一部を含むという概念が反映されているが、これは将来的に「治療」だけが医療ではない、わかりやすくいえば、治療前も、治療中、そして「治療後」(死亡を意味しない。ターミナルケア的介護状態を指す)も含めて、「医療保健システム」という言葉になっている。


 そのことはつまり、これからの医療保険費用の中には、予防も介護も含まれてくるということを指し示す。データヘルス計画、マイナンバー制度をICT技術の活用によって、リンクし、ネットワーク化することで、効率的な医療保障費用の使い方を構築するということだが、こうしたいわば「前向き」の改革が、力のこもった理念としてなぜ発信されていないのか、社会的同意を得る努力がされないのか疑問になる。やはり、そこには何か、行政機関、企業を含めた社会構造システムが、ICTの進化を具体的な「政策改革」に結びつける本質的な論理構築、確立した自信に満ちた方向性の構築に躊躇いがあるのだといえる。


 その背景は繰り返しになるかもしれないが、中核であるICT技術の一般化が遅れている、つまり一部のエリア、階層にしかその認識が浸透していないということに尽きるのかもしれない。それは、決して国民全てがスマートホンを使いこなすということではなく、自らの保健個人情報が、自らだけでなく、次代の日本をつくるという国民コンセンサスを得る努力を渋っているという姿に映る。


●信頼得られない行政のミスの連続


 そうしたことの象徴的なトピックスが、9月初めに明らかされた会計検査院の指摘であろう。いくつかの報道を総合すると、厚生労働省が08年度から始まった特定健診・特定保健指導、いわゆるメタボ健診の効果測定のために導入した健診データとレセプトの突合システムが実は機能していないという問題。医療機関での健診データとレセプト情報を厚生労働省が集めて分析するものだが、同システムには約28億円の予算がつけられ、例えば11年度には健診データ2361万件に対し突合できたのは19%で、12年度は2465万件のうち24.9%だったというもの。原因は両データ入力システムの番号表記の違いを克服できていなかったということが最大らしいが、特に被用者保険ではほとんど役に立たなかったとされる。


 ICTの専門家からみれば、単純に初期準備段階の初歩的なミスのようにみえるらしいが、基本的にこうした問題が起きること自体が、行政本丸のいい加減さを露呈したと国民には映じただろう。東京オリンピック関連の競技場やエンブレムでの壮大な無駄遣いが問題になっているが、「医療制度」から、「医療保健システム」へ本格的に移行し、国民に「医療保健システム」を了解してもらうためには、どうやらこうした無駄遣いも必要かもしれない。オリンピックはかなりの経済効果が期待されるらしいが、「医療保健システム」が、政策側の思惑、期待通りに進めば財政効果は比較にならない。ことは、次代の日本をどうするかにかかってくるのだから。


●結局、金太郎飴になるのだが……


 その意味で、データヘルス計画はマイナンバー法など周縁の制度政策の整備が進む中で、本当に実効があげられるのだろうか。そこを検証する前に、いくつかの課題を指摘し、次回以降に個々の実態をみていく。


 データヘルス計画はモデル健保組合の指定など、印象的には被用者保険から動きが開始されているように思えるが、国保をあずかる地方自治体でも取り組みは始まっている。地域に目を向けると、これまでメタボ健診など保健システムに関するトライアルは、地域個々の個性が反映されてきた。00年以降をみても、たとえば国保財政の健全化の観点、つまり地域医療費の抑制の観点から、様々な取組みを進めてきた自治体も少なくない。


 早くから住民の緻密な健康管理を通じて、健康長寿で国内一の実績を残した長野県や、沢内村などの経験は余りにも有名だが、知られていないところでも、00年代初頭からPETがん検診を導入して、がん医療費による国保財政悪化に歯止めをかけようとした自治体もある。健康日本が政策課題になった08年以降からは、多くの自治体で固有の取組みも積極性が生まれてきていることは確かである。奈良県では11年度から県と後期高齢者広域連合の共同事業として「奈良県健康長寿共同事業」が行われており、特に後期高齢者の寝たきり予防にフォーカスを当てて、オリジナルな具体的事業を開発したりしている。また、後発品の使用を懸命に進めるための政策を打ち出した自治体も急増している。


 自治体のこうした動きは、国保財政の健全化という大きな命題があることはもちろんだが、保健医療費の財政補助に関して国が、その取組み度合いによって濃淡をつける政策を継続し始めたことが大きい。しかし、これとても自治体間での取り組みに関する濃淡は大きい。長野県のようにすでに実績が「健康長寿」のデータとして表れたところもあるが、がん検診や奈良県のような例の効果測定はまだ十分ではない。


 データヘルス計画はこうしたこれまで自治体の取組みにあった濃淡を均し、一元化させる状況を作り出そうとしている。しかし、その基本となっている08年からの特定健診・特定保健指導は、特定健診の受診率が45%程度(11年度、被用者保険も含む)という低レベルでしか進んでいない。自治体にとっては、これを引き上げ、さらに持続的に行い、ICT技術との融合で効果測定し、結果に反映しなければならないという重責がある。しかし、市町村レベルで、ICT技術をオリジナルに活用できるはずがなく、結果的にデータヘルス計画はICT産業の大きなマーケットを作り出す期待が先行している。これは健保組合、弱小被用者保険でも同様で、金太郎飴のようにどこでも同じシステムで計画に取り組む方向が目に見えてきた。


 筆者は、独自の地域ヘルスケア開発に取り組んできたいくつかの自治体に、その取組みとデータヘルス計画との整合についてきいてみた。ほとんどがデータヘルス計画の所管は違うという回答が戻ってきた。独自のソフト開発は、強大なハードを持つ世界との連携を求められる中で、「独自性」が埋没し、一般化してきたのである。キーワードは、医療費抑制に向かって「持続可能な保健医療システム」だ。医療制度は、予防、介護を包含しながら、やはり従来の「医療制度」と同様に、全国一律でなければならないらしい。


 次回はICT産業の地域データヘルス計画、職域データヘルス計画が抱える課題などをみていく。(幸)