前回、今回は行方の不透明となった消費税引き上げと、17年度税制改正の落としどころを探りながら、一部の病院が準備を始めたと囁かれるインボイス方式を改めておさらいしてみたいと述べた。しかし、どうもこの間に風向きが変わった。
これを書いている時点は4月後半である。その前から、消費税をめぐる医療団体の動きも、グローバル経済の動きも、消費税引き上げを焦点とした選挙がらみの政局も一気に混迷の度を深めている。医療団体の動きは日本医師会から具体的提案が示されたことで、クリアになったと見るべきかもしれないが、実は病院を中心に問題の根は一本化されているのか確信が持てない。
また政局の動向、つまり17年4月の消費税10%への引き上げは見送られるのかどうかは、本稿の掲載時点で決着をみているかもしれず、それらに触れるのは空砲を撃ってしまう可能性がある。しかし、ここでは大胆に、消費税引き上げは先送りされるという前提で稿を進める。空振りに終わることもあり得るので、4月後半での「先送り」の根拠を述べたいが、それも決着していれば必要のない弁解になるので控える。いずれにしても、ノーベル賞受賞の経済学者まで呼んで、「先送り」の意見を聴いたのだ。先送りはほぼ決まっている。参院選で、安倍首相は負けるわけにはいかない。アベノミクスを貫徹するには、消費税税率を5%に戻したいくらいだろう。
●小規模医療機関にはデメリットが大きい課税転換
まず、日本医師会の消費税に関する新制度の提案をみる。3月23日に公表されたものだが、会内の「医業税制検討員会」(品川芳宣委員長)が答申したものだ。次善の策、と但し書きがついているが、要約すれば、控除対象外消費税問題に関しては、診療報酬に上乗せしている2.89%相当額を上回る仕入消費税額を負担する場合は、超過額の税額控除を認めるという新制度の導入提言である。診療報酬上乗せ額はつまり還付する制度。
2.89%は、89年の消費税導入時に上乗せされた0.76%、97年の5%引き上げ時の0.77%、14年の1.36%を合計したものだ。
「次善の策」としたのは、病院が要求する医療への軽減税率やゼロ税率による消費税課税という変更は、政治状況や国民的理解の観点から困難なためという。新制度であれば、病院が大規模な設備投資を行った場合、仕入消費税額を全額控除できるとしている。診療所に関しては、仮に他の方法で課税制度を変更した場合、過去に行われた上乗せ分の「引きはがし」が課題となるが、これを打ち消すことができる。つまり仕入消費税額が多大になった場合は税額控除を求めることができるわけだから、診療報酬上乗せ分への波及はクリアすることになる。
リスファクスによると、当日の会見で日医の今村聡副会長は、17年度税制改正の要望の際、医業税制検討委員会の答申内容を中心に要望していきたいと説明。あくまでも控除対象外消費税の解消が目的のため、やや幅を持たせているとのニュアンスや、検討委には課税転換を主張していた四病院団体協議会のメンバーも参加しており、「概ねの賛同を得た」答申に関しては、「初めて医療界として具体的な提案としてまとまった」、「医療界がひとつになることに大きな意味がある」とその意義を強調したとされている。
実際、答申は「日医をはじめとする医療界サイドは、医業の経営形態の差異で控除対象外消費税解消の利害が異なり、解消策の要望が一本化できないでいる」と指摘しており、その現状を重く受けて、医療界の統一見解とすることが重視されたことがうかがえる。検討には四病団の参加団体役員が参加しているのは事実。日本歯科医師会、日本薬剤師会も賛意を示したとされる。
●危機意識の大きかった病院、小さかった診療所
確かに、控除対象外消費税の解消問題に関しては、病院と診療所間の利害は大きいと言わざるを得ない。1月の段階で、地方の病院団体では10%引き上げ時には、消費税課税への変更を求めるアピールを準備するところもあったと伝えられる。日医の検討委員会で上部団体が検討論議の途上にあることを反映したのだろうか、このアピールはその後も公表されることはないまま過ぎている。医療界の「具体的提案」としてまとまったという点は、大きなものがある。
課税化への転換は、病院には大きなメリットだが、診療所には前述の「引きはがし」というデメリットが大きくなる。今村副会長も3月27日の臨時代議員会で、「小規模医療機関に大きなマイナス影響が及ぶことがはっきりした」と指摘し、「過去の診療報酬への上乗せ分(たとえば8%時の初診料12点、再診料3点)のマイナス改定」など4つの問題点を列挙したと伝えられる。
これまでも、日医や病院団体は控除対象外消費税については、問題意識を共有していたような動きを示してはきた。税制改正要望も11年度に共同提出するなどの活動はあった。だが、控除対象外消費税問題が大きく問題にならなかったのは、特に個々の小規模医療機関に危機意識が低かったのも事実だ。
小規模医療機関とは大多数を診療所が占める。診療所はほとんどが、非課税取引により課税売上が1000万円に満たないため納税義務がない。そのため、日々の取引を課税、非課税に分類して控除対象外消費税を計算する必要性がない。筆者は税の専門家ではないので、詳細に述べるのは回避するが、消費税という制度には簡易課税制度という仕組みがあり、そもそも控除対象外消費税を算出する必要と根拠がない。そのため、小規模医療機関には、消費税を実際どの程度負担しているのかという実感が薄いのである。
一方で、診療報酬では、トータルで2.89%の上乗せがある。課税転換となると、実感のなかったものが減らされるという奇妙な構図が生まれかねない。その意味で、小規模医療機関には初診料や再診料の引き下げもあり得るというデメリット感が劇的に膨張する可能性は低くはないのである。
そもそも、控除対象外消費税という言葉への理解も小規模医療機関には小さいのではないだろうか。「医療界の消費税負担問題は納税額にあるのではなく、課税仕入れにかかる消費税のうちの大部分が控除できない実質的負担額であるのを日常的に把握する状況にないことだ」(船本智睦「医療と消費税」)。
●消費税引き上げ延期そのものにも主張を示す必要
日医検討委の答申は、ある意味、病院・診療所の利害関係を調整したうまい落としどころかもしれない。リスファクスは、国際医療福祉大学大学院の安部和彦准教授へのインタビューで、同氏が「増税が延期になっても新提言に基づく制度を導入しておくべきだ」と語ったことを報じている。提言への評価を通じて、増税延期で腰を折られるべきではないというメッセージだ。しかし、増税の延期はこうした提言が、さらに霞んでしまうというリスクは高いかもしれない。
この問題は、消費税とは何かという根本意識と関わる。日医検討委答申が、ある意味画期的で具体的であり、医療界全体の意思統一を果たす可能性があるとしても、消費税の意義そのものに対する意識と主張も、医療界は統一しておかなければならないはずだ。日医の横倉義武会長は、臨時代議員会で「もし消費税引き上げが先送りになっても、子育てから高齢者まで25年を見据えた地域包括ケアシステムを構築していくために、全世代対応型の社会保障に向けた財源を確保するよう、政府に対し強く要望していく」と述べた。
08年12月に閣議決定された中期プログラムの中では、「消費税の全税収を、確立・制度化した年金、医療及び介護の社会保障給付及び少子化対策の費用に充てることにより、消費税収はすべて国民に還元し、官の肥大化には使わない」と記されている。年金、医療、介護、少子化の社会保障4経費に消費税を使うことが規定されている。これに沿って、その後、8%増税、10%増税のスケジュールを踏まえて、社会保障費用の使途が決まるという方向で政策が誘導されていることをどう受け取るべきなのか。
むろん、先送りになったとしても、消費税は10%になるだろうし、その後の展開では15%論もあり得る。問題は、こうした社会保障費用の在り方について、消費税が実質目的税化しているならば、国民の福祉のためにも延期が妥当なのかどうかについても、医療界は統一した主張をアピールしなければならないように思える。
医療が消費税非課税となっている中で、消費税は社会保障政策にとってなくてはならない財源だ。医業経営の問題だけで、消費税を考える時代ではないようにもみえる。課税か非課税かの論議も必要だろうし、横倉氏が言う「財源確保」の具体的提案もまとめなければならないはずだ。消費税引き上げは先送り、財政出動もしない、アベノミクスも不発となると、国民の健康をどう守るのか、皆保険制度は堅持できるのかという命題は、たぶん医療担当者が考えている以上に極めて厳しい状況を生み出すはずだ。
消費税を社会保障経済学の視点からエビデンスのある主張の土台に据える気構えは、今の医療界にあるのだろうか。思い切って消費税は国民にとって大切だというキャンペーンがあってもいいような状況ではないかという認識が必要のようだ。
冒頭に戻るようだが、結局、4月後半時点で、消費税の動向は行方が見えない。この連載は、その方向が固まるまで休み、改めて病院の準備状況も踏まえて報告する機会を得たい。(幸)