前回、75年に、当時の厚生労働省人口問題研究所が、民間団体との共催で小さなシンポジウムを開いたことがある、と述べた。記録が残っていないのが残念だし、正確にどのような人物たちがディスカッションしたのかはよくわからない。


 筆者は、実はそのシンポジウムを聞いていた。だから、行われたのは事実なのだが、結局、強く記憶にインプットされた部分しか残っておらず、編集部でも記事はボツにされた。記事として残っていれば、あるいは取材ノートが残っていればと、少々残念な思いがあることを伝えておきたい。


 今考えても、そのシンポジウムは、かなり正確に40年後の日本の財政に関する課題を先取り、的中させていたと思う。一部の人口学者、経済学者には、強く、特に人口構造の変化に伴う、税収の変化が予測され、また財政支出の変化も危機意識を伴って醸成されていたように思う。そして、それが社会保障政策の本質論として顧みられなかったのは、筆者がいた編集部でもそうした論議が、一種の「眉唾」として受け止められていたと感じざるを得ない。議論はマイナーだった。簡単に言えば、それほど日本の経済成長は止まるわけがないと信じ込まれていた。それこそが実は神話だったのに。


 覚えている限り、そこで行われた議論を紹介しておく。筆者以外にも、そのシンポジウムを記憶している人がおり、これが目に留まれば、正確なことを教えてもらえる期待も込めてだが。


 シンポジウムのテーマは、基本的に将来の人口推移の変化とそれに伴う財政的課題についてだが、トーンは人口の推移に関心が集まっていた。当時のスライドは、資料を幻灯機のような機械の光源に直接載せて、それをスクリーンに投影するもので画面が台形だったのを記憶するが、最初にそこに映されたのは、ピラミッド型の人口構成図だ。すでに若年世代部分は20歳代半ばを最大に底辺にかけては台形型になってはいたが、ピラミッド型の構造は有していた。それが、当時の将来推計でも徐々に紡錘型となり、どんどん高齢世代が増えるという逆三角形型に変化していく状況が示された。


 むろん、当時はこれほど少子社会になるという予測はなく、合計特殊出生率も現状よりは、高めに推測されていた。そのため、逆三角形よりは少し長方形の姿をしていた。いずれにせよ、当時から当時の生産年齢人口と高齢者人口のバランスが維持されるという約束はないということが示されてはいた。


 人口学者と一部の経済学者は、この人口図の将来モデルをもとに論議し、議論は税のあり方に移って行った。その前提にあったのは、高齢者人口が当時とは比較にならない膨張ぶりを予測する中で、社会保障政策の変革が必要だという論議だったが、その議論は具体論を帯びなかった。


 当時のモデル的な形だった高福祉型が想定される論議だったように記憶するが、当然そのための財政基盤をどうするかに話が移り、そして税体系のあり方に論議が移った。この当時、高福祉高負担という論議そのものはあまり聞いたことはなかった。つまり、高福祉を実現するためにという前提の上で、どのような「負担」のあり方が必要かといいう議論に流れていったと言っていい。「高福祉」はこのとき前提だったのである。そのモチベーションとなったのは、その2年前から実施された老人医療費の無料化にあったといって過言ではないだろう。すでに70年代初めに老人医療費が無料化されたわけだから、当然40年後も高福祉政策が続くということは当然の前提だったということである。


●不公平税制など直接税への関心が主流だった時代


 このとき、経済学者から示されたのが、収入税と支出税の考え方だった。当時の税体系は、所得税を中心に直接税が主流。収入に応じた、いわゆる応能負担の累進課税制度にあまり大きな異論はなく、現在の消費税のような間接税には、あまり国民的関心はなかった。だから、ある政策事業を突発的に起こす必要があって、その財源を確保するためによくタバコ税の引き上げが道具に使われたりした。現在でも、政治家の間には財源確保の手法としてタバコ税の引き上げを持ち出すことが多い。酒税も、ビールの「区分」をめぐって、発泡酒やいわゆる第三のビールとの調整が、3〜4年に1回、世間をにぎわす。


 当時の直接税、特に所得税については、累進課税制度という税特性には国民的関心は大きくはなかったが、所得税制そのものには関心が強かった。それは所得の捕捉性である。いわゆる不公平税制。多くの人は記憶にあると思うが、当時は所得税の捕捉率について、「クロヨン」とか「トーゴーサン」、あるいは「トーゴーサンピン」などという陰口言葉があった。


 「クロヨン」は、所得税捕捉率が、給与所得者が「9割」、自営業者が「6割」、農業関係者などは「4割」だということを指している。「トーゴーサン」も同様の意味で、最後にある「ピン」は政治家の所得捕捉率で、政治資金との関連から、政治家を揶揄する表現で用いられることが多かった。また、農業関係者などの捕捉率の低さは、農家ほど自動車の所有率が高いことなどを実例としてあげられることが多かったが、こうした言葉は、ことにサラリーマンの「怨嗟」の声としてメディアが好んで使った。


 ただ、この所得税の捕捉率については、さまざまな議論と主張がある。例えば、サラリーマンは目に見えない経費のかなりの部分を事業主が負担していることから、一概に不公平とは言えないという議論もある。農業に関しては、かなりの補助行政が存在したことも「怨嗟」に拍車をかけていた側面もあるが、いわゆる食糧安保論も台頭して、一定の理解が生まれたことも記憶しておいていいだろう。


 こうした捕捉率の「不公平感」を解消する手段として、その後、間接税導入論議、あるいは困ったときの「タバコ税」のような発想が生まれる素地となったことは否めない。ここでは所得税の問題に関しては詳細は省きたい。


●1950年代からあった支出税の方法論


 そうした背景から、当該のシンポジウムでは人口の将来推計から社会保障負担、そして収入税と支出税という考え方の論議に入った印象がある。人口の構造が変化すれば、租税の問題も変化するだろうという見通しは、関係者間ではおおむね了解されていたというのがこのシンポジウムを後で思い出しての印象だ。


 支出税は、もちろん後に続く消費税である。ただ、支出税方法論としてはいろんな手法が研究されてきた。その前に付加価値税という考え方もあった。1950年代からあったとされ、日本でも米国の勧告を受けて50年に制定され、54年に実行されないまま廃止されたという歴史的事実もある。また売上税という言葉もあった。付加価値税、売上税は生産、流通の単段階、多段階で課税する仕組みだが、消費段階では基本的に「内税」が予定されている。つまり、消費者には少しわかりにくい。付加価値税はEUの間接税制の基本的枠組みとして60年代から認識されているが、この考え方が高福祉「高負担」の源泉となっていることは、推測がつく。


 シンポジウムで論議された支出税は、当時の直接税の不公平感を背景にしている状況はあったが、人口の高齢化という将来推計をベースにした論議の中でテーマとなったことが新鮮だった。そして、シンポジウムでは、「そういう考え方もあるが、おそらく日本では大型の支出税の導入は難しい」という方向で、意見は収束されたように記憶している。


 しかし、人口の高齢化という将来推計の認識が生まれていたこと、老人医療費の無料化という高福祉政策のばらまき的な政治風景の中で、支出税がすでに取り上げられていたことは、当時の政策担当者の中に潜在的な政策テーマとして浮上しかけていたという認識は持っていても良いのではないかと思える。


●インボイス方式導入を見越す?


 さて、話は医療と消費税の動向に戻る。参院選を控えて、安倍首相をはじめとして政府に来年4月からの消費税10%引き上げ実施方針がぐらつき始めていることは前回も述べたし、政局の大きな焦点となっている。この記事が出るころには、「見送り」で決着がついているかもしれないが、民間病院の一部には、インボイス方式の導入準備を始めているところも出てきている。医療に対する消費税の措置はどうなっていくのか。


 医療と消費税に関しては、かつて訴訟が起こされた経緯がある。兵庫県民間病院協会に所属する4つの病院が、「社会保険診療報酬が消費税非課税なのは憲法に違反する」として提訴した。訴状を受けた神戸地方裁判所は、12年11月に「違憲」とはしない判決を下した。基本的には「社会保険診療報酬等を非課税取引とする消費税法の規定は合理性を有する」との判断を示したのだ。


 この裁判は当時、多くの関心を集めたが、判決自体は大方が予測したとおりのもので、判決自体への法曹界の対応も肯定的なものだった。どちらかといえば、訴訟を起こしたこと自体が目的のような裁判だったと言えるが、消費税法と社会保険診療報酬の中に相応の矛盾が存することも、判決は微妙な言い回しで認めていると思われる部分もあった。


 判決は、医療機関が仕入税額相当額を転嫁する方法として、制度上に診療報酬改定が想定されているとの解釈を示したうえで、「その仕組みにおいて代替手段として機能し得るものである限りにおいて憲法に違反するとはいえない」と、その理由を語っている。


 しかし、その一方で、「医療法人等が負担する仕入税額相当額の適正な転嫁という点に配慮した診療報酬改定をすべき義務を負うものと解するのが相当」と述べ、政府が(判決では厚生労働大臣)が一定の「転嫁」の義務を負っているとの判断も示している。さらに、「配慮が適切に行われていない場合には、診療報酬改定は、裁量権を逸脱または乱用するものと評価することができる」との解釈も示している。


 ただ、訴訟で具体的なテーマとなった08年度と10年度の改定については、「論議されたことが推認される」として、「一定程度の配慮をしたものと認めるのが相当」と、改定時の対応については一応の妥当性も認めた。周知のとおり、15年12月に決まった与党税制改正大綱は、診療報酬を主要な問題意識とする「控除対象外消費税問題」について、17年度税制改正で「総合的に検討し、結論を得る」と明記した。消費税10%引き上げ時には何らかの検討が必要であることを示したものだが、この対応も、神戸地裁判決の「適切な転嫁」をどう具体化していくかにかかる。病院団体が、与党税制大綱に示された17年度税制改正にかける期待の強さの背景には、この判決の重みも多少はある。


 次回は、行方の不透明となった消費税引き上げと、17年度税制改正の落としどころを探りながら、一部の病院が準備を始めたと囁かれるインボイス方式を改めておさらいしてみたい。(幸)