今年4月から5月にかけ、連日のように紙面をにぎわしてきた「パナマ文書」の報道は、世界の権力者や富豪らが、タックスヘイブン(租税回避地)を利用して課税を逃れている実態を白日の下に曝した。


 第1弾は4月4日(日本時間)。国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)に協力する各国報道機関の計約400人の記者が、1年という時間をかけて取材を進め、ロシアのプーチン大統領周辺の人物や中国の習近平国家主席の親族らの介在が一斉に報じられた。


 続く第2弾はGW明けの5月10日午前3時(同)。ICIJが自身のホームページに世界約21万4000法人と関連する約36万件の個人名などの「リスト」を公開した。日本関連では、総合商社や通信事業会社など約20社や、大手企業の創業者ら約230人の名前が含まれていた。


 パナマ文書の報道で世界中の納税者からは「まじめに税金を支払うのがいやになる」と不平不満の声が次々と上がり、なかでもアイスランドのグンロイグソン首相は辞任し、イギリスのキャメロン首相も退陣要求のデモが起きるなど窮地に追い込まれた。世界各国の税務当局も国際課税の強化に乗り出した。これがひとつの大きな意味で、もうひとつの大きな意味は、インターネット時代の調査報道の新しい手法を示したことである。


■リストのデータベース化こそ、ネット時代の新しい取材方法だ


 ICIJは、インターネット上にリストの一部を公表することで世界中の閲覧者から新たな情報を得ることを期待している。ネットを利用した取材だ。


 パナマ文書は「史上最大の情報流出」といわれるほどその量はあまりにも膨大だった。そのため最初にリストを入手した南ドイツ新聞は、連携するICIJにリストを提供した。そしてICIJに加盟する世界約80カ国、約400人の記者が協力して自国関連のリストを分析した。その際、ICIJは独自に開発したシステムによってリストをデータベース化し、ネットを介してリストを検索できるようにした。これこそネット時代の調査報道の新しい手法だった。このデータベース化によって取材に参加する世界の記者が自国にいながら自由にリストを閲覧できるようになった。


 各国の記者たちは分析から判明した法人や関係者に直接当たってウラ取り取材を進めた。調査報道では当然なことだ。


 ここで5月10日にICIJのホームページに掲載されたリストを見てみよう。日本関連を検索すると、「伊藤忠」や「丸紅」などの社名が見つかる。4月3日の報道で出た警備大手セコムの創業者の飯田亮氏の名前も出てくる。日本の有名な企業が出てくるのにはやはり驚かされる。日本関連以外では、前述したアイスランドとイギリスの首相のほか、サッカー界のメッシュ選手、香港俳優のジャッキー・チェンら世界の著名人の名前もある。


 その社名や氏名が出た日本の企業や個人はみな「租税回避などしていない」「日本の税制に基づいてきちんと納税している」などと口をそろえる。


 実際、商社などは国際取引で取引相手からタックスヘイブンにペーパーカンパニーを作り、その会社名で銀行口座を開設するよう求められることもあるという。タックスヘイブンだと、手軽にしかも早くペーパーカンパニーの会社を作れ、仕事が終わり次第消せるからだ。


 読売新聞などは5月10日付夕刊と11日付朝刊の紙面で匿名で報道するとの「おことわり」を掲載した。匿名の理由については、各国の税制は異なり、日本の企業や一般個人がタックスヘイブンを利用していても、国内で適正に納税していれば、税法上、問題視することはできないからだとしている。


■「租税回避はない」というものの大半は税逃れが目的だ


 しかしながらそこに課税逃れや資産隠しはないのだろうか。もともと極端に税率が低いタックスヘイブンは、秘匿性が高く、脱税や資金洗浄、テロ資金作りなど犯罪の温床だと批判されてきた。タックスヘイブンを利用しようと考える法人や個人はこのことをよく知っているはず。それゆえタックスヘイブンを利用するときは、その事実が公になったときのリスクも考えておくべきである。


 国際課税に詳しい国税庁OBは「言い分はあるだろうが、実際にはみな節税が目当だ。世界各国の税務当局や捜査機関はすでに調査に乗り出している」と言い切る。たとえば4月3日の一斉報道をきっかけに、欧州や中南米の司法当局はパナマ文書が漏れたパナマの法律事務所を家宅捜索するなどすでに捜査を始めている。


 今後は公開されたリストを手掛かりにして報道各社がさらに調査と取材を重ね、パナマ文書の分厚いベールを1枚1枚はがしていくべきだ。まじめな納税者が損をしない世の中にすることが重要なのである。


 日本の税務当局はどんな動きをしているのだろうか。過去の税務調査で得た資料と比較しながら税務調査を始めているはずである。5月10日には国税庁は「あらゆる機会を通じて情報を収集し、問題のある取引が認められれば、税務調査を行うなど、適正、公平な課税の実現に努めていく」との異例のコメントも発表した。国税当局はタックスヘイブンに設定されたペーパーカンパニーの調査を真剣に進めていくはずである。(沙鷗一歩)