「最近、流通業界では公正取引委員会の出番が少ないと感じませんか」


 ある食品メーカーの幹部はこんな言葉を口にした。言われてみれば最近、大手小売業の優越的地位の乱用といった案件の報道は鳴りを潜めている。必ず不当な役務の提供や、協賛金の強要など年に2〜3件の違反事例はあったが、少なくともこの1〜2年は聞かれない。しかし、この食品メーカーの幹部によると、「リベートの取り方が変わり、協賛金などが減る一方で、センターフィーが増加するなど、流通業のメーカーや卸からお金を引き出す手口が巧妙化して、露骨な圧力とみられないようになっている」と言うのだ。果たして今の流通業界の商慣行はどうなっているのか。


「なにしろ契約書を作らないのだから、話にならない」


 ある食品卸の営業担当者はこうぼやく。大手流通業がほとんどと言っていいほど導入しているセンター集中型の配送体制のことだ。いわゆるメーカーの倉庫などから、流通業の物流センターに商品を納品、そこから先の各店舗までは大手流通業が配送を受け持つ代わりに、メーカーや卸からそのフィーを徴収するというシステムだ。もはや、大手はどこもこのスタイルを導入していると言っていいほど定着した。


「しかし、不明朗極まりないところが、あまりにも多い」(同)と言われる。第一に算定根拠を明確に示していないところが多い。一律に「うちのセンターフィーは(納価の)10%」などと言うらしい。納品量が多ければ、ボリュームディスカウントが効いて当たり前と思うが、それもない。メーカーや卸からの倉庫やセンターからの物流費は斟酌されず、「そこはお宅持ちだから」などと突っぱねられる。


 このセンターフィーがこのところ上昇基調にあるという。ガソリン価格が上がれば上がったで、下がれば下がったで、またトラックドライバーの人手不足も加わって、それを理由にした料金変更を突き付けられることが増えている。


「納入価格の引き下げ交渉、協賛金の要請も相変わらずある」(日用雑貨メーカー幹部)というが、それはかつてほど激しくはないし、人材の派遣を受ける役務の提供もヤマダ電機などが公取委から勧告を受けて以降、露骨ではないようだ。だが、むしろセンターフィーなど、支払わざるを得ない料金がスルスルと上昇してメーカーや卸は負担感が増している。とくに、食品スーパーやコンビニ大手が顕著だという声もある。


 しかし逆に、商慣行的には、あれだけお行儀が悪かった家電量販店業界は最近おとなしい。ヤマダ電機の優越的地位の乱用による取引先に対する役務の提供、エディオンの取引先に対する従業員派遣の強要など、枚挙にいとまがない業界だったはず。今は一体どうなっているのか。


 ある家電業界関係者は証言する。


「東芝やシャープなど大手家電メーカーが弱体化しており、どんどん製品を作って、金を付けて売れる体力がなくなったからだ」


 かつては地上波デジタルへの切り替え、家電エコポイントを背景にメーカーも流通でのシェア獲得に血道を上げた。シェアを獲得することで工場の生産稼働率を上げ、収益を膨らますというシナリオだった。


 A社がリベートをつければ、B社も負けずとそれを上回るリベートをつける。しかも数量リベートが主で大量に購入した流通業には多額のリベートが渡った。業界はリベートでジャブジャブになった。


 リベート自体は悪ではないだろう。しかし、家電量販店側もリベートを当て込み、必要以上にメーカーから製品を仕入れる。自社で売れない分はネット通販業者に流す。ネット通販業者がそれを安売りするという悪循環の構図にはまり込んだ。


 ヤマダ電機はこのネット通販業者の価格に店頭でも過度に対応した結果、業績の悪化を招き、全役員がワンランクずつ降格されたことは記憶に新しい。だが、メーカーの多額のリベートを前提としたシェア獲得競争は家電大手2社の脱落で鎮静化した。今はメーカーもリベート体系を見直して、数量リベート的な割合よりも機能リベート、高単価の付加価値の高い商品を販売した家電量販店に付与するリベートを厚くしている。


 大手メーカーが主導した格好のリベート見直し策が奏功、前期(16年3月期)の家電量販店の業績も改善しているが、果たして真相はどうか。過度な価格競争はなくなったものの売上高は伸びておらず、客数減を単価の引き上げで補っている。一見業績がよく成熟した構造のように見える家電量販店業界も競争疲れで、メーカーと枯れた関係に突入しているということか。


 流通業界では現在、従来型のチェーンストアの基本である本部集中仕入れから、「これからは地域の時代だ」などとして地域に権限を委譲し、当該地域のメーカーの商品を多用するようになっている。これまではある程度規模のあるナショナルブランド(NB)メーカーとの取引が多かったが、最近は地域商品の仕入れを増やしており、地場の中小メーカーなどからの仕入れも増えている。


 大手メーカーは流通業からの理不尽な要求を拒否することもできるが、中小メーカーはそうもいかない。公取委は、巧妙になる大手流通業の納入業者の商慣習に目を光らせたほうがいいかもしれないが、無理な注文か。(原)