「厚生労働省を分割すべきだ」—。自民党若手・中堅議員の提案を受けて、こんな議論が与党内で浮上している。

 

 少子高齢化と人口減少が進む中、国家予算に占める社会保障関係費の割合が増えており、1つの役所、1人の大臣では幅広い分野に対応し切れないとの判断だ。確かに厚生労働省の範囲は医療、介護、福祉、年金、雇用、少子化対策、感染症など幅広く、今後もニーズは増大する公算であり、再編は一つの選択肢かもしれない。

 

 しかし、予算のスリム化や権限移譲など制度の見直しを想定しないまま、既存制度をベースラインとしている点は疑問である。2001年1月の省庁再編に至る議論も振り返りつつ、「厚生労働省分割案」の是非を考えたい。

 

◇  分割案の背景


 分割案を提唱しているのは自民党の「2020年以降の経済財政構想小委員会」。小泉進次郎農林部会長を中心とする若手・中堅で構成する委員会であり、20〜30年後の経済財政について、しがらみなく議論するのが目的。分割案の背景には厚生労働省の「巨大化」が挙げられる。

 

 少しデータを拾ってみよう。省庁再編で厚生労働省が誕生した際、2001年度政府予算一般会計に占める社会保障予算は約17.6兆円。これが2016年度予算では約32兆円まで膨らんだ。地方交付税を除く政策的経費に占める割合は36.1%から55.3%に増えている。

 

 国会質疑でも厚生労働相の出番が多く、省内では「大臣が国会に張り付くため、案件が滞りがち」といった声が多く聞かれる。実際、小委員会の報告書でも、2015年通常国会で厚生労働相が300時間以上の委員会審議に参加した点や、3000回近い国会答弁を行った点を指摘している。

 

 さらに、報告書では①本省定員数が少なく、職員の残業時間が霞ヶ関で最悪、②両院の厚生労働委員会が審議すべき法案が非常に多く、重要法案の成立が遅れている—などの点を列挙。その上で、「2020年以降の変化を見据えると、残された時間は多くない。当小委員会が今後、社会保障改革の具体的な方針を検討するにあたって、着実な政策遂行が為されるための枠組みを確保する観点から、厚生労働省のあり方を検討しておく必要がある」とし、①厚生労働省の分割、②二大臣制の検討—を促している。

 

 では、厚生労働省という役所はなぜ生まれたのだろうか。当時、期待した効果を果せているのか検証する必要があるだろう。

 

◇  省庁再編の議論


「戦後50年余にわたり我が国の発展を支えてきた経済社会システムが、内外の環境変化の中で限界を露呈していることは申すまでもなく、これを21世紀にふさわしいものに再構築しなければなりません」—。橋本龍太郎首相は1996年11月、こう述べた。

 

 当時、橋本政権は財政、経済、行政、金融、社会保障の構造改革を提唱していた。先に触れた発言は首相直属の行政改革会議がスタートした際の発言であり、主務大臣を置く中央省庁の数を半減させることを目指し、事務事業や組織の見直しを進めた。

 

 しかし、1997年9月に公表された会議の中間報告は波紋を呼んだ。まず、建設省河川局を分離して農林水産省と統合させる「国土保全省」構想について、建設省が反対。さらに、解体されることに危機感を抱いた郵政省も抵抗し、これらに自民党族議員が同調した。

 

 結局、同年12月の最終報告では、建設省を分割せず、運輸省、国土庁、北海道開発庁を統合した国土交通省を設置することで決着。さらに、郵政省も自治省、総務庁と統合し、総務省を創設することとなった。

 

 一方、厚生省と労働省の統合については、他省事務との関係で薬事、公衆・食品衛生、水道などの所掌が話題になった程度。中間報告は「雇用福祉省」、最終報告は「労働福祉省」という名称になっていたが、国民生活に密接した役所として、厚生労働省の創設がスンナリと決まった。

 

 むしろ、「巨大官庁」の批判は巨額の公共事業を所管する国土交通省に集中しており、厚生労働省については、旧労働省が厚生省から分離した歴史を引き合いに出しつつ、「元の鞘に収まった」と受け止められており、期待される統合効果として、「少子高齢社会、男女共同参画社会などに対応した労働政策と社会保障政策との統合・連携強化」なども挙げられていた。

 

◇  組織いじりは本質的か


 少子高齢化を受けて、厚生労働省の業務が増えているのは間違いない。麻生太郎首相が政権交代直前の2009年5月、医療、介護、福祉、年金などを担う「社会保障省」と、雇用や少子化対策などを所管する「国民生活省」に再編する考えを示したのも同じ問題意識だった。

 

 その一方、「少子高齢社会、男女共同参画社会などに対応した労働政策と社会保障政策との統合・連携強化」という当初の期待は今も消えていないし、その重要性は増している面がある。例えば、少子化対策と労働政策は切っても切れない関係であり、近年の女性活躍政策でも両者の連携が語られていることを考えると、省庁再編が期待した効果は今も変わっていない。

 

 さらに、巨大な予算や膨大な法律について役割分担を定める以上、役所同士の縦割りは必ず残る。例えば、高齢者に関連する施策として、医療、介護、福祉だけでなく、住宅まで加えると、今度は住宅と都市計画が分断されるため、一貫したまちづくり政策が難しくなる。縦割りを横に切った瞬間、横割りが新しい縦割りを生むことになるに過ぎない。

 

 むしろ、大事なのは組織いじりではなく、その根っ子となる業務の棚卸しだろう。例えば、待機児童に関する「日本死ね」のブログが国会で話題となっているが、待機児童は大都市特有の問題である。人員・施設基準、予算の決定権限を大都市に移譲する方が機動的な政策が可能になるかもしれない。

 

 あるいは病床を再編する「地域医療構想」の策定が各都道府県で進んでいるが、医療圏ごとに地域差が大きく、全国一律の診療報酬では対応しにくい面がある。診療報酬の大枠を国が策定し、詳細を都道府県が決めるようにすれば、細かい国の仕事は減るだろう。

 

 つまり、「国が抱えるべき仕事か否か」を問うことが重要であり、組織いじりの議論は本質的ではない。小委員会の報告書は地方への権限移譲に言及しているが、基本的には現行制度を前提としており、問題と言わざるを得ない。20〜30年後の姿を自由に考えるのであれば、既存の制度を前提としない大胆なスタンスが望まれる。

 

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丘山 源(おかやま げん)

大手メディアで政策形成プロセスを長く取材。現在は研究職として、政策立案と制度運用の現場をウオッチしている。