いろんな層のMRに研修をさせていただいているが、なかでも某社の“トップMR”向けに実施した研修で出会ったMRは、今でもよく思い出す。


 彼はいわゆる異業種からの転職組で、MR経験がわずか数年でトップMRに上り詰めた。「何をやったのか?」と聞いたら意外な答えが返ってきた。


「前職では、人間関係ができるまで製品の話をしてはいけないと教えられました。だから、私はMRになってから半年間、製品の話を一切せず、先生が困っていることをお伺いしていました。そうしたら、先生が薬を使ってくれるようになったのです」


 彼は、「シェア・オブ・ボイス」(SOV)を高めるよりも、興味があると感じてくれた時間の獲得度合いである「シェア・オブ・ディテーリング」(SOD)と、マインドシェアの獲得度合である「シェア・オブ・マインド」(SOM)を高めることを優先したのだ。


 会社から言われた製品メッセージをそのまま医師に伝えた場合、医師の頭の中には「So  what?」(だからなんだよ?)という言葉が浮かぶ。どんなにその情報が医師や患者に役立つ情報であったとしても、その時点で医師のマインドシェアを占めているニーズに関連していなければ、「うちの所長がケータイをiPhoneに換えたんですよ」程度の価値としか受け取ってもらえない。


 相手に情報を伝える際は、「Why so?」(なんで俺にその話をしようと思ったの?)という意図が求められる。前出の“トップMR”は、半年間ニーズを聞き続けたために、「Why so?」に関する情報が蓄積されていたのだろう。


 「Why so?」に関するニーズ情報が得られていない段階では、製品に関する情報提供をしない“勇気”も必要だ。

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川越満(かわごえみつる) 1970 年、神奈川県横浜市生まれ。94年米国大学日本校を卒業後、医薬品業界向けのコンサルティングを主業務 とするユート・ブレーンに入社。16年4月からは、WEB講演会運営や人工知能ビジネスを手掛ける木村情報技術のコンサナリスト®事業部長として、出版及 び研修コンサルティング事業に従事している。コンサナリスト®とは、コンサルタントとジャーナリストの両面を兼ね備えるオンリーワンの職種として04年に 川越自身が商標登録した造語である。医療・医薬品業界のオピニオンリーダーとして、朝日新聞夕刊の『凄腕つとめにん』、マイナビ2010 『MR特集』、女性誌『anan』など数多くの取材を受けている。講演の対象はMR志望の学生から製薬企業の幹部、病院経営者まで幅広い。受講者のニーズ に合わせ、“今日からできること”を必ず盛り込む講演スタイルが好評。とくにMR向けの研修では圧倒的な支持を受けており、受講者から「勇気づけられた」 「聴いた内容を早く実践したい」という感想が数多く届く。15年夏からは才能心理学協会の認定講師も務めている。一般向け書籍の3部作、『病院のしくみ』 『よくわかる医療業界』『医療費のしくみ』はいずれもベストセラーになっている。