前回から引き続いて、2014年4月に内閣府が公表した「社会保障の現状について」をテキストのベースにしながら、社会保障費用の流れをみていく。90年までの動向をみてきたので、今回はそれ以後をさらっていく。


 90年に47兆2000億円だった社会保障給付費は、00年には78兆1000億円まで伸びる。伸び率は65.5%増。一方で、国民所得額は346兆9000億円(90年)で、70.1%増。前回も触れたが、80年からの10年間はバブル景気の反映もあるだろうが、社会保障費用より国民所得のほうが伸びている。経済成長の範囲内という形は、この10年間については図らずも実現している構図がある。しかし、高齢化社会への予兆として、社会保障費用の65.5%増は、バブルで蓄えておくべき財源をかなり費消してしまったということはいえるかもしれない。


 おさらいになるが、この10年間(80〜90年)は特に年金の伸びが著しい。80年は10兆5000億円だったが、90年には24兆円へと増加。ほぼ2.3倍の伸びを示した。戦後から50年を経て、高齢化が進み始め、年金受給者が急増したことを物語るが、この間にいわゆる「消えた年金」が水面下で起こっている。消えた年金が表面化するのは90年代後半である。つまり、年金受給者の急増に年金給付業務が混乱を来していたのである。戦後の50年間まで、いかに日本の経済成長エンジンが国民総動員でフル回転していたかが如実にわかる。


 リタイア組の急増は、実は給付業務の準備を疎かにしてしまっていた。90年、年金は社会保障費用に占める構成割合が50.9%で初めて5割を超えている。この間、医療費は71.9%増で、国民所得とほぼパラレルの伸びを示す。生活保護など福祉・その他はこの間、33.3%増でしかない。90年当時、実は社会保障費用の伸びの窮迫感は年金にあって、医療費はそうでもなく、福祉に関しては全くと言っていいほど問題にはならなかった。バブルが潜在する問題を表面化させなかった。


 90年から00年までの動向をみると様相が変わる。00年の社会保障給付費総額は78兆1000億円、繰り返しになるが90年から65.5%増だ。しかし国民所得額は371兆8000億円で、90年からわずか7.2%しか伸びていない。失われた10年がバブル崩壊以後、いかに強力なカウンターパンチだったかがみえる。00年の社会保障費用の内訳をみると、年金41兆2000億円(90年比71.7%増)、医療費26兆円(41.3%増)、福祉・その他10兆9000億円(127.1%増)。全体に増えていると思えるが、医療費はそれほどでもない。年金は受給者増がとどまるわけはなく、伸びるのは仕方がない。



 最も突出しているのが福祉・その他であることは、バブル崩壊後、雇用の不安定や、賃金の低下、つまり景気の鈍化に伴う支出が増えていることが歴然としている。内訳も、年金52.7%、医療費33.3%、福祉・その他14.0%となった。構成割合上での医療費の伸び率はそれほど大きいといえるのか、という疑問がこうした数字を眺める上では出てきてしまうのは当然かもしれない。


●長いデフレの影響は明らか


 テキストにしている14年4月の内閣府レポートでは、この後、13年のデータが示されているが、これは予算ベースなので、00年までの確定値との比較ではないことを留意しておきたい。


 13年の社会保障給付費総額は110兆6000億円で、00年より41.6%増である。この13年間は前の10年間よりは伸び率は鈍化している。長引く不況、デフレの影響も強いと見ることができる。国民所得額は358兆9000億円で、00年比で3.5%の減という数字をみればそのことは明確。相対的にみれば、13年間で4割も増えた社会保障費用に対し、国民所得額が減っているという状況は、財政的にみれば危機感が横溢してもおかしくはない。


 内訳をみると、年金が53兆5000億円で、13年間での伸び率は29.9%増、医療費は36兆円で38.5%増、福祉その他21兆1000億円で93.6%増とほぼ倍増している。構成比は年金48.4%、医療費32.6%、福祉その他19.1%で、福祉その他のウエイトが高まっていることは一目瞭然となる。


 こうしたデータは、国民所得額の減少から生活保護費用などの増加が著しいと短絡しそうだが、福祉その他の量的増大は介護保険制度の創設とそれに伴う介護費用の増大が主因であることは間違いない。とすれば、医療費の構成比が00年の33.3%から32.6%に下がったのは、従来は医療費でカウントされていたものが、介護に転化したということを裏付けるものであろう。医療・介護の費用増はそのまま、危機感を増幅させる要素となっていることに変わりはない。


 一方で、この00年から13年までの間に起こったことを思い出すと、社会保障費用の増大を抑制する手段としては、医療費がその眼目となっていることを改めて見つめなければならない。02年4月に成立し、その後06年9月まで続いた小泉純一郎政権は、プライマリーバランスを重視する中で、聖域なき構造改革を打ち出し、社会保障費用に関して5年間で1兆1000億円、年間2200億円の、いわゆる上限キャップ制を打ち出した。


 当時から医療費については、人口の高齢化で2%、医療の進歩に伴うもので2%の計4%程度が「自然増」とされてきた。年金受給者の増加に伴う費用は、あらかじめ算定できるものであり、医療費の自然増とは意味が違う(むろん、年金も受給年齢の引き上げなど制度改革によって、抑制する方法論はあるが、政策的に大胆な対応は取りにくい)。


 小泉改革が年間2200億円の抑制方針を打ち出した中で、政策として実効性が高く、目に見える改革として医療に目が行ったのは当然の帰結だ。小泉政権下の02年、04年、06年の診療報酬改定はマイナス改定が続き、特に06年は3.15%の大幅診療報酬引き下げにつながった。自然増を4%とみなせば、3.15%引き下げは自然増を打ち消すレベルの引き下げ幅だ。06年には、医療費に関しては自然増を抑え込む診療報酬の引き下げというメルクマールが存在したとされるが、真偽はわからない。しかし、この3.15%引き下げは、医療費の伸びを鈍化させる効果は大きかったようで、診療報酬の改定に対するメディアの関心を強めた効果はあった。


●結局の最大効果は診療報酬政策か


 こうしてみてくると、確かに医療費、現状の制度下では一部介護も含めて、人口の高齢化を中心とする「自然増」のインパクトは大きい。そして、それを抑制する効果としては実は診療報酬政策が最も大きいということが理解できるのである。


 14年の内閣府レポートは、社会保障に関する費用の将来推計も示している。それによると、4年後の2020年には社会保障費用は134兆4000億円と推計されている。12年度の109兆5000億円から約25兆円の増加である。内訳は年金58兆5000億円、医療費46兆9000億円、介護14兆9000億円と推計されている。2025年度は全体で148兆9000億円で、15年度の推計値119兆8000億円から30兆円近くが増える。15年度は団塊世代がすべて前期高齢者となった。25年度は団塊世代がすべて後期高齢者となる。


 出生率はわずかに上昇気配がみえるとされるが、いずれにしても少子高齢化の流れはこのまま継続する。アベノミクスの効果が不透明な中で、どうやって社会保障費用を抑制していくのか。これまでの学習の中では、政策側はやはり医療費にその重心が向いてくることはまず確実だ。そしてその中核は診療報酬である。地域包括ケアによる在宅医療へのインセンティブ、データヘルス計画などによる「健康づくり」は、伸び続ける寝たきり高齢者の削減などの目標がはっきりしている。これに尊厳死や平穏死という死生観を潜在下においた、「適正寿命」のプロパガンダが進み、「カネのかからないケア」の仕組み作りが進行していくのではないか。そして、そのインセンティブとして活用されるのが、診療報酬制度(薬価制度も含めて)だとみることができる。


 次回からは、こうした展望を下敷きに、高齢者を軸にした生活の問題の現実と将来をみていきたい。下流老人という言葉に代表される、高齢者全体に対する問題と、その横にある少子化、老親介護と子の生活も支える板挟みの状況、高齢者間の資産格差の拡大などをみる。むろん、その構造を語る中では、地域の格差、医療・介護サービスの供給の偏差なども入るし、経済問題としての「食えるか、食えないか」の課題と、身体的・生理的問題としての「食えるか、食えないか」の問題に言及していく。(幸)