梅雨である。筆者は梅雨がいちばん好きな季節なのであるが、これを白状すると大抵の場合、おかしいよ、変だよ、と言われてしまう。しかし、この連載誌のタイトル自体が「Beholder(タデ食う虫も好きずき)」であるので、ここでは許されるであろうと思っている。この大好きな梅雨が、近年、梅雨らしくない。昨年はそれでも京都はそれなりに梅雨らしくしとしと雨が降った方であるが、今年はなんだかカラッと晴れる日がけっこうあって、雨が降っても “普段より多いかな” という程度で梅雨らしいあの湿り気が少ない。ちょっと動いてもしっとり汗ばむくらいの気温と湿度になるかと思えば、ちょっと強めに雨が降ってすっかり冷え込む、あの気まぐれな季節感が消えてしまったようなのである。寂しい。

 梅雨は、田や畑の植え替えたばかりの早苗や幼植物が、傷んだ根を回復して勢いよく伸び始めるのにちょうど良い感じの温度と湿度と日照で、研究材料たる植物を屋外圃場で毎年育てている筆者としては、なくてはならない季節なのである。また、「梅」の「雨」と書く通り、雨が降るたびに熟し始めた梅の実がぽたぽた落ちる時期である。落ちたての梅の実だけを毎日集めて漬けた梅干しは、最高に美味しい。

 この梅雨時にも花はたくさん咲いている。人間サマがあまり出歩かないので気づかないだけで、クチナシ、アジサイ、キササゲ、ウマノスズクサなど、決して地味ではない花が満開である。中でも、雨天曇天の夕暮れ遅くの薄暗闇にはっと目をひく白い大きな花をつけるのが、チョウセンアサガオである。いや、正確に申せば、はっと気づくのはふんわりとした柔らかないい匂いが先で、その匂いの元を振り返れば大きな白い花がある、という段取りである。


 チョウセンアサガオ(植物体全景)

 

 チョウセンアサガオの花は、夕方薄暗くなってから咲き始め、明くる朝、梅雨の雨降りであれば上むきにそれなりにまだ咲いている。しかし、朝からカラッと晴れてしまうと、ほどなくしぼんで風のない日の旗のような格好になる。上向きに咲く大きな花は上から見ればアサガオに似ているが、横から見ると20センチほどある長い花筒がラッパかチャルメルを思わせる。このため、下向きに同形の花をつける、チョウセンアサガオに極近縁のキダチチョウセンアサガオは、エンジェルストランペットという別名を持ち、園芸植物として広く親しまれている。

       
花のアップ、アサガオにそっくり


花を背部から見たところ。花筒が長い。右側にみえる上むきに立ってねじれている薄黄色のものが明日咲く蕾。そのまた右側の短いのがもっと若い蕾である。


  エンジェルストランペットという名前であるし、大きさがちょうど手頃なので、キダチチョウセンアサガオの花は思わず手にとって吹いてみたくなるものなのかもしれないが、実はこれは非常に危険な行為である。なぜなら、キダチチョウセンアサガオもチョウセンアサガオも、全草にトロパンアルカロイドと称される、知って上手に使えば薬になるが、素人が使うと毒になる成分が含まれているからである。この成分は乗り物酔いの予防薬や腹痛止めの医薬品として利用される一方、小さい子供等がエンジェルストランペットの花を口につけたり、花を持っていた手で目をこすったりすると、この成分が原因で便秘したり、瞳孔が散大して結構な長時間なにも見えない状態になったりして、トラブルとなる。

 このトロパンアルカロイドを含むチョウセンアサガオの花を麻酔に利用したのが、時代小説にしばしば取り上げられる華岡青洲である。チョウセンアサガオの花は曼荼羅花(マンダラゲ)と称す生薬として利用され、これに幾つかの生薬を配合して作られたのが麻佛散という内服する全身麻酔薬である。

 チョウセンアサガオの花期は結構長く、梅雨時に咲き始めて蝉がわんわん鳴く頃もまだ咲いている。その間、いがいがの果実をたくさんつけ続け、一つの果実に含まれる種子の数も非常に多いため、繁殖力は驚くほどに旺盛である。

  イガイガの果実と咲き終わってくったりした花

 

 

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伊藤美千穂(いとうみちほ)  1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省、内閣府やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。