引き際を誤ると、とんでもないことになる。東京都知事の職にしがみつき、政治資金の私的流用など政治とカネにまつわる疑惑が浮上してから1カ月の間、都政を混乱させた舛添要一氏のことである。


 家族旅行のホテル代を会議費として支出していたほか、家族で食べた回転ずし代やシルクのチャイナ服、時代小説、漫画、絵画、版画の購入にも政治資金が当てられていた。豪華な海外出張や公用車での別荘通いなどの公私混同ぶりもひどかった。


 6月6日の記者会見では「違法とはいえない」という弁護士による調査結果を公表し、「極めて恥ずかしい行動をしてきたことを反省したい」と述べながら「粉骨砕身、都政運営に努めたい」と訴えた。さらには都議会議長の辞職要請を拒み、不信任決議案の提出に対しては、8月〜9月のリオデジャネイロ五輪とパラリンピックが終わるまで猶予するよう求めた。自己を正当化してポストに固執しようとする舛添氏の姿に都民はうんざりさせられた。


 舛添前知事はなぜ、引き際を誤ったのだろうか。


■自公与党の腹の内を知って強き


 舛添氏の辞職が決まったのは、6月15日。桝添氏本人が都議会議長に辞職願を提出した。前日には、知事与党の自民、公明両党も不信任決議案を都議会の議会運営委員会に提出した。不信任決議案で与野党がひとつにまとまった。この与党の動きが舛添氏の辞職を強く促した。


 与党は当初、慎重な姿勢を見せていた。舛添氏に対する責任の追及が甘かった。自公には一昨年の都知事選で、自民党を除名された舛添氏の知名度を利用しようと引っ張り出し、全面的に支援した経緯があるからだ。


 さらに自公両党には舛添氏が辞職して参院選と同時期の知事選となることを避けたいという思惑もあった。舛添氏のマイナスイメージを背負って参院選を戦いたくなかったのだ。それに舛添氏自身が続投に意欲を示していた。舛添氏を強引に辞職に追い込めば、舛添氏が都議会解散に打って出る可能性もあった。衆参同時選挙が避けられて安堵していたところに参院選挙と都議選のW選挙では政党が相当疲弊することが、目に見えていた。


 こんな自民党と公明党の腹の内を熟知していたからこそ、舛添は強気で「生まれ変わった思いで都政に全力を挙げたい」と表明していたのだ。ところがである。そんな舛添氏にとって事態は急変する。自公両党は舛添氏をかばっていると受け取られる方が、参院選に悪影響を及ぼす、と判断したのである。その結果、数日間で包囲網が完全に敷かれ、舛添氏の辞職が決まった。


第三者のお墨付きで幕引き狙う 


舛添氏には確かな計算もあった。初めから舛添氏は記者会見で第三者による調査を口にしていた。この第三者とは何だろう、と注意していると、前述したように6月6日、舛添氏は元検事の弁護士2人に依頼したという調査結果を公表した。2人の弁護士も記者会見に同席した。


 公表された調査報告書には、宿泊費や飲食代、大量の美術品購入、娯楽性の強い書籍代など舛添氏の不適切な支出を指摘する文言が並んだが、支出の違法性、つまり「政治資金規正法違反になるような問題点はない」と否定された。政治資金規正法には、その使途についての明確な制限がないからだ。初めから「違法性はない」という結論は見えていたのである。舛添氏は法律に抵触しないと弁護士からお墨付きを得ることで、一連の騒動の幕を引こうとしたのである。


 しかし、この調査結果を見て都議会はさらに舛添氏に対する追及姿勢を強めていく。7日には自民、公明、共産、民進の代表質問、8日には都議15人の一般質問が行われ、全員が舛添氏の疑惑を取り上げた。さらには与野党は総務委員会で一問一答形式による質問をぶつける集中審議も実施した。都議会は徹底的に追及しないと、事態が収拾できない状態にまで達した。


 ところで元神奈川新聞の記者の江川紹子氏が6月16日付の朝日新聞に「『祭り』騒ぎ報道は反省を」(見出し)という談話を出していた。


 「もうげんなりして見たくもありません。テレビや新聞の報道のことです。舛添さんのクビをとることが目的になって『早く辞めよ。この道しかない』と走り始めると止まらない。『祭り』状態です」と激しい口調で始まり、「こういう時だからこそ、舛添都政を冷静に点検し、辞職のメリット、デメリットを解説するようなメディアはないのでしょか。次は都知事選に誰が出るか、そして参院選と政局報道になるのでしょう。いつもの繰り返しです」と畳みかけ、「メディアの役割が権力監視というなら、それを果たせなかったのです。反省すべきだと思います。落ち目になった人をたたくのが権力監視というなら、中央の元気な政権の監視なんかおぼつかないです。人々のマスメディアへの信頼がどんどん後退していくでしょう」と訴える。


 なるほど江川氏のおっしゃることも分からないではない。しかしながら、彼女だってかつては新聞記者として同じように事件や事故を書き立てていたし、フリーになってからもそれは変わらなかったと思う。


 もう少し言わせてもらえれば、舛添氏の引き際が悪いからメディアは祭りのように書いたのだ。舛添氏が開き直ってなかなか都知事を辞めようとしないからマスコミは騒いだのだ。引き際を誤ると、とんでもないことになる。


 そんななか、少なくとも新聞の社説は冷静に舛添辞職を書いていたし、今後の都知事選にもしっかり対応していくはずである。(沙鷗一歩)