【読書子】ワースト1位は日本人

『研究不正』

 2年前のSTAP騒動を機に、科学者の世界でも不正が行われていることが広く知られるようになった。以降、さまざまな研究不正関連の書籍も登場しているが、数々の事例を紹介しつつ、「ねつ造」「改ざん」といった不正の種類、不正の背景、監視制度など、さまざまな角度から国内外の研究不正をめぐる現状を明らかにし、コンパクトにまとめたのが『研究不正』だ。

 近年、日本からも毎年のようにノーベル賞の受賞者が出るようになったが、〈二一世紀に入ってから一五年間の自然科学三部門、生理学・医学賞(以下、医学賞)、物理学賞、化学賞のノーベル賞受賞者は、一三名に達する(米国籍の南部陽一郎と中村修二は含まない)。これは、アメリカの五七名に次いで二位である〉。

 一方で、〈研究不正や誤った実験などにより撤回(リトラクション)された論文のワースト10に二人、ワースト30に五人も日本人が名を連ねているのだ。しかも、他を圧倒するようなワースト一位も日本人である〉という。

 自他ともに日本人は「まじめ」「不正を働かない」というイメージで考えがちだが、何のことはない。他の国の研究者と同じか、それ以上に“ワル”なのだ。

 研究不正の背景には、科学者の本能として美しいデータを求める〈お化粧の誘惑〉、1位をめぐる〈競争に勝つ誘惑〉(研究の世界では「2位じゃダメ」なのだ)、外部から研究資金を引っ張ってくる〈研究資金の誘惑〉ほかさまざまなものがあるが、政治家や官僚が〈しばしば、科学=イノベーションのような短絡した思考しかできず、すぐに結果を求めたがる。そして、基盤となる基礎研究を低く見がちである〉ことから、研究者にかかるプレッシャーは年々厳しくなってきているようだ。

 STAP騒動の時、公開された研究ノートを見て、あまりの簡素な内容に思わず笑ってしまったが、そう珍しい話でもないようだ。〈一応科学者としての教育を受けているからには、ねつ造もそれなりに手の込んだ方法を使うのではと思うかもしれない。しかし、なかには笑ってしまうような単純な方法によったものもある〉。

 石器を自分で埋めて“発掘した”SF氏はその典型だろう。

 本書で秀逸なのが、不正を働いた人の“その後”だ。もちろん不正の代償として、研究の世界から消えてしまった研究者も多いが、しぶとく生き残っている人もいる。

■2000年以降「撤回論文」が急増

<とくに驚いたのが、ヒトの核移植に成功し、ES細胞(胚性幹細胞)を作ることに成功したと主張した韓国・黄禹錫氏のしぶとさだ。研究自体はねつ造が発覚して失脚したかに見えたのだが、支持者たちから資金援助を受け、クローンイヌ(犬)を作成しているという。1匹当たり10万ドル(現在のレートで約1100万円)で、毎月15匹のクローン子犬を生産しているというから、相当な金額だ。しかも、黄氏の作った研究所は〈韓国政府からの資金援助も受けられるようになり、査読論文も発表された〉という。

 2000年以降、撤回論文が急速に増えているように、「不正監視の目」は以前に比べて機能するようになってきている。SNSの普及もそれを後押しする。しかし、どんなにルールを精緻化・厳格化しても、不正がくり返されるのは、東芝の粉飾決算(公には「不適切会計」というらしい)を見ても明らかだ。

〈社会的な不正がくり返されるのと同じように、これからも研究不正はくり返される〉のは残念ながら事実だろう。それでも、研究不正は大きな時間とカネと才能の損失を生む。少しでも減ることに著者同様、期待したい。(鎌)

<書籍データ>

研究不正

黒木登志夫著(中公新書880円+税)