前回の本欄で、次の週は各誌がイギリスのEU離脱ショックを取り上げるだろうが、堅苦しい解説になりがちなこの種の出来事は、週刊誌的にはなかなか切り口が難しい、という主旨のことを書いた。実際、各編集部ともそう感じたのだろう。ふたを開けてみれば、この問題はほぼ“スルー”に近い状態であった。
唯一の例外が週刊新潮で、『「英国紳士」はツイッターで何と呟いたか?』『「バーバリー」と「ウイスキー」は値下げか?』などと、ある意味枝葉末節の「20の質問」を羅列した8ページの特集を組んでいた。文春は『英国EU離脱であなたの家計に三重苦』と題し、株価下落や円高の影響を見開き2ページの記事にまとめただけ。現代とポストは、このテーマに触りもしなかった。
結局のところ、「日本への影響」という切り口にとらわれる限り、株価や為替、進出企業の問題のほか、移民増が社会不安につながる、という“教訓話”にするくらいしか、このテーマを取り上げるパターンはないのだ。
かつて7年間、南米をフィールドに、マイナー諸国の話題を記事にする苦労を味わった体験からすれば、かの大英帝国の存亡の危機でさえ、もはや“遠い話”としか捉えない昨今の日本人の感覚は、なかなかにショッキングに映る。個人的には「日本への影響」云々を切り離し、世界史の激動を感じさせてくれるルポを読みたいと思うのだが、“低視聴率”が確約されたテーマを掘り下げる力はもう、現在のメディアには残されていないのだろう。
“売れるネタ”を渇望するメディアの窮状が、「外の世界」への人々の関心を、より一層希薄にしてしまう。何とも切ない悪循環である。
与党大勝が見込まれる参院選に関心を集めるのも、厳しい状況だが、今週は共産党に着目した記事がいくつか目についた。ポストは『安倍自民と公明党はなぜ「共産党」をこんなに怖れるのか』という特集を組み、文春には『共産党批判がヒートアップ 公明党に残る98年の衝撃』という記事が載った。「民共共闘」によって共産の存在感が増すことへの与党側の危機感を取り上げたものだが、新潮もまた『供託金2億5000万円超! 比例42人擁立共産党の皮算用』と、独自の視点から記事をまとめている。
文春はスクープ記事として、『安倍首相自ら口説いた参院選トンデモ候補』として、ジャーナリストの青山繁晴氏が共同通信時代、巨額の取材費を私的流用し、退社に追い込まれた事情を暴いている。あの在ペルー日本大使公邸占拠事件の現地取材では、情報の出どころや真偽を確認しようもない“怪スクープ”を連発し、各社の記者たちから「文豪」と呼ばれた、というエピソードも出てくる。実際、事件終結後にペルーに移住した私も、氏の残した一部“スクープ”の荒唐無稽さには、驚かされた記憶がある。
現代では、往年の人気テレビ司会者・大橋巨泉氏による20年間にわたる連載コラムが最終回を迎えた。「内憂外歓」という連載タイトルは後半から「今週の遺言」と改題され、闘病生活の中で書かれてきたものが、その最終回を読むと、氏の病状はいよいよ深刻な段階にさしかかったようだ。
つまり、この最終回は文字通り、氏が「遺言」のつもりで書いた文章だが、その最後には「安倍晋三の野望は恐ろしいものです。ひと泡吹かせてください」という、驚くほどダイレクトなメッセージがあった。その鬼気迫る文章に、私はふと1年半前の衆院選直前、政権への危機感を訴えながら息絶えた俳優・菅原文太氏の最期を思い出した。メジャーなメディアにはまず、取り上げられない話だが、このところ、戦前・戦中派のリベラルな著名人が似たメッセージを遺そうとする例が多々見られる。そのことに、現在の世相はあまりにも冷淡なように思える。
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三山喬(みやまたかし) 1961 年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。1998年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取 材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。2007年に帰国後はテーマを 広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って」 (ともに東海教育研究所刊)など。