7月10日、参院選が投開票された。自民、公明両党は「過半数維持」を勝敗ラインに掲げていたが、計70議席を獲得して楽々とクリアした。さらに、おおさか維新や日本のこころを大切にする党(こころ)を含めて、憲法改正を支持する勢力は改憲の発議に必要な3分の2を上回り、安倍晋三首相は選挙後の記者会見でも憲法改正に前向きな考えを示した。


 しかし、一気呵成に改憲まで進むのだろうか。憲法改正論議を中心に参院選後を展望することとしたい。


◇野党統一候補が善戦


 まず、選挙結果【表】をおさらいすると、改選121議席のうち、無所属の追加公認を含めて自民党は56議席(選挙区37、比例19)を獲得。27年ぶりの単独過半数とならなかったが、2013年に続き大勝を得た。公明党も手堅く14議席(選挙区7、比例7)を得た。


 


 橋下徹前代表の退任後、初めての本格的な国政選挙となったおおさか維新(お維新)も近畿地区を中心に7議席(選挙区3、比例4)を確保。こころは議席を獲得しなかったが、非改選組を含めた4党の議席数は161議席に及び、改憲支持勢力は3分の2を上回った。


 一方、民主、維新の統合後、初めての本格的な国政選挙となった民進党は32議席(選挙区21、比例11)にとどまり、共産、社民、生活も党勢を拡大できなかった。


 こうした結果を踏まえると、与党の大勝と言えるが、詳細に見ると統一候補を立てた野党の戦術が奏功した面がある。例えば、野党統一候補が自民党公認候補に辛勝した青森、新潟、三重、大分の選挙区(いずれも定数1)では、統一候補の得票率が50%を切っている。もし共産党が候補者を擁立していれば、これらの選挙区でも与党が勝利したかもしれない。その意味では野党で批判票の分散を防いだ意味は一定程度あったのだろう。



 しかし、野党共闘路線がどこまで続くか微妙だ。31日投開票の都知事選では統一候補を擁立する方向だが、民進党の岡田克也代表の進退問題が浮上すれば、9月に予定されている民進党代表選の結果が野党共闘に影響する可能性がある。


 さらに、与党は消費増税の再延期を表明した上で選挙を戦っており、2017年4月に引き上げ予定だった消費増税を2019年10月に延期する法律を提出する見通しだ。これに対し、野党第一党の民進党は2019年4月の消費増税を選挙公約に掲げていたが、共産、社民、生活は消費増税に反対しており、野党の足並みが乱れることが予想される。


◇ 憲法改正<経済論議は自民党のお家芸?


 今後、議論が始まるのは憲法改正論議であろう。ここで「改憲」という視点で、日本の政治史を簡単に振り返ると、よく知られている通り、自民党は1955年の結党以来、「自主憲法の制定」を掲げており、最大の関心事は戦争と武力の放棄を掲げる9条の改正問題だった。冷戦構造で自由主義陣営に与したことで、社会主義国の脅威に対抗するため、再軍備を如何に進めるかが大きな課題となったためだ。


 まず、連続長期政権を誇った吉田茂内閣(1948年10月〜1954年12月)は国民の反軍アレルギーを考慮しつつ、解釈改憲で再軍備を推進。これに対し、吉田を打倒して政権に就いた鳩山一郎内閣(1954年12月〜1956年12月)は吉田の路線を「裏口からの再軍備」と批判し、自主憲法制定と再軍備を標榜した。さらに、岸信介内閣(1957年2月〜1960年7月)の時代も憲法改正を意識していた。


 しかし、鳩山内閣や岸内閣における選挙(1955年2月の総選挙、1956年7月の参院選、1958年5月の総選挙)では改憲の発議に必要な3分の2を得られず、岸内閣は日米安保条約改正につまずき、憲法改正を主要争点に掲げるのに失敗した。


 その後、自民党は池田勇人内閣(1960年7月〜1964年11月)、佐藤栄作内閣(1964年11月〜1972年7月)という2つの長期政権の下、軽武装、経済成長を優先する吉田路線を継承しつつ、改憲論議を忌避する戦略を採用し、国民の支持獲得に成功した。


 安倍政権も今回、「GDPが36兆円増加」「就業者数が110万人増加」「有効求人倍率は24年ぶりの高水準」などと経済政策(アベノミクス)の成果を強調しつつ、改憲の是非を議論しないまま選挙を戦っており、改憲論議よりも経済を標榜する対応は自民党の伝統的な「お家芸」と言えるかもしれない。


 特に安倍政権は2012年12月の返り咲き以降、経済で支持拡大を訴えた後、集団的自衛権を容認する安保法案を成立させ、支持率が下がると経済浮揚を狙う政権運営を続けており、今回も踏襲されたと言える。


◇9条改正論議は一気に進むか?


 この戦術の是非は別にしても、戦後初めて改憲支持勢力が衆参両院で3分の2を超えた意味は大きい。特に参議院では3分の2を超える機会が一度もなかったため、改憲支持勢力にとっては千載一遇のチャンスに映るだろう。実際、安倍首相は憲法審査会での議論と意見集約に期待感を示している。


 しかし、すぐに改憲論議が進むか微妙な情勢だ。特に9条に関しては、改憲支持勢力も一枚岩とは言えない。例えば、公明党の山口那津男代表は「憲法解釈の限界を決めた平和安全法制の有効性を確かめるべきで、9条の改正は必要ない」と述べているほか、お維新の松井一郎代表(大阪府知事)も9条の改正を時期尚早とした。集団的自衛権の部分容認と安保法制に対して国民の強い反発が出た点や、自衛隊を「国防軍」とする2012年の自民党憲法草案に対する批判が根強い点を考えると、政権としても短兵急な対応は採りにくく、当面は慎重な議論が進められるのではないか。


 むしろ、激しい論争となる9条の改正は後回しにされ、環境権やプライバシー権など合意しやすい論点からスタートする可能性がある。


 そもそも改憲論議は9条だけではない。人権意識の変化を受けて、先に触れた環境やプライバシーなどの人権規定は追加される必要があり、財政健全化の規定追加や地方自治の規定充実を求める意見がある。さらに、「公の支配」に服さない団体に対する補助金を禁じた憲法89条との兼ね合いで見ると、社会福祉法人や私立学校に対する助成金はグレーゾーンであり、実態に合わせる必要がある。性的マイノリティー論者には「婚姻は両性の合意のみに基いて成立(する)」と定めた24条の改正を求める声もある。55年体制のイデオロギー対立のあおりで、9条だけがシンボル化した結果、他の重要な論点が無視された面は否めない。


 もちろん、改憲論議を進める場合でも、平和主義、基本的人権の尊重など日本国憲法の良い面を踏襲しなければならない。


 しかし、古代中国の思想家、韓非子が「聖人は古いことなら何でも良いとは考えず、一定不変の規準などにも従わない。その時代の事情をよく考えて、それに応じた対策を立てる」と説いた通り、憲法の在り方を議論すること自体、決して否定されるべきではない。


 実際、朝日新聞が参院選の際に実施した出口調査によると、「変える必要はない」との答えは44%だったのに対し、「憲法を変える必要がある」との回答は49%だったという。今回の参院選を契機に改憲論議が進むのであれば、慎重かつ丁寧な議論とともに、「国権の最高機関」にふさわしい各党間の議論と合意形成を期待したい。


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丘山 源(おかやま げん)

 大手メディアで政策形成プロセスを長く取材。現在は研究職として、政策立案と制度運用の現場をウオッチしている。