去る7月9〜10日に開催された第16回日本外来精神医療学会は、①「精神科における多剤大量処方」、②「精神面の問題における過度の医療化、薬物療法化、商業化」に対する問題意識を前面に打ち出した。年会長の宮岡等氏(北里大学医学部精神科学)は、②との絡みで、比較的小規模の学会ならではの試みとして「今回の学会は製薬企業の寄付を受けずに参加費のみで運営する」ことを掲げた。


 上記①関連のプログラム「多剤大量処方に至る思考と心理」では、仙波純一氏(さいたま市立病院)、山之内芳雄氏(国立精神・神経医療研究センター)、吉尾隆氏(東邦大学薬学部)が講演の後、鼎談を行った。


 抗精神病薬第1号であるクロルプロマジンは当初抗ヒスタミン薬として開発され、1952年に精神症状への作用が発見された。その後、「1960年代から1990年代の中頃まで、抗精神病薬の投与はかつてないほど高用量で行われ、最終的には大量投与処方へと発展していった」が、その背景には「統合失調症のドパミン仮説(症状改善が不十分な場合に、薬が十分に脳のドパミン系に届いていないのではないかと考え増量する)」や「患者の鎮静や行動制御の手段としての利用」があった〔デイヴィッド・ヒーリー(英国カーディフ大学)〕。


 薬剤師として長年、精神科の薬物療法に関わってきた吉尾氏も、「日本で多剤大量投与の時代になったのは1970〜90年代」と語る。


 現状はどうか。全国の精神科医療機関154施設の患者21,798症例に対する処方調査〔吉尾氏が代表幹事を務める精神科臨床薬学(PCP)研究会、2012年10月末現在)〕によると、抗精神病薬は平均2.0種類、抗パーキンソン(PD)薬は平均0.7種類、抗不安薬・睡眠導入剤は平均1.5種類投与されており、抗精神病薬の単剤処方率は34.9%だった。現在の処方は、単剤、2剤、3剤が各3分の1程度で、罹病期間が長引くほど多剤化・大量化の傾向がある。ただし、「多剤」は必ずしも抗精神病薬の処方だけではなく、錐体外路症状に伴う身体的苦痛に対する抗PD薬、抗コリン系症状に対する緩下剤のほか抗不安薬・睡眠導入剤などを含めた結果である。


 平成28年の診療報酬改定で処方料、処方せん料、薬剤料の減算対象が「3種類以上の抗うつ薬」、「3種類以上の抗精神病薬」にまで拡大され、抗不安薬・睡眠薬も含め、すべて「3種類以上」は原則的にNGとなった。


 それでも、現場での減薬・減量が困難なのはなぜか。理由のひとつは処方する医師側の意識だ。山之内氏らは、既に多剤大量処方となった患者の安全で現実的な方法として、ごく僅かずつ(週当たり9mg程度)減量するSCAP法(the Safety Correction for Antipsychotic Polypharmacy and high-dose method)を開発。2010年から3年間、全国55病院の163例を対象に同法を用いて3〜6か月間で減量し、その後3か月の経過観察をする臨床研究を行った。その結果は、「精神症状、副作用、QOL、身体の安全性のすべてが、改善も悪化もしなかった」。


 しかし、その後の参加医師へのアンケートでは「基本的にはSCAP法を試してみて悪くはなかった」という反応が得られた。9割以上の医師は「大量処方の是正が必要」と考えているが、「(その患者で)過去に激しい症状があったと聞いている」などの理由で7割が不安を感じている。減量に一歩踏み出すには、「安全な状態・方法(やや緩徐と思われるくらいのプロトコール)でやってみて、“大丈夫だった”と実感する経験が大事」と山之内氏は語る。また、会場の参加者からは「多剤大量処方はけしからん、というだけでは解決しない。減らすこと優先ではなく、まず患者と医療者との関係性を築き、本人の動機付けができるとうまく減らせる」との声もあった。


 一方、患者側の要因としては、冒頭の②関連のプログラム「医師-患者関係における薬剤」で、櫛原克也氏(東京大学大学院)と北中淳子氏(慶應義塾大学文学部)が指摘した「自己の医療化」や「薬剤化」の問題が挙げられる。


 従来の「医療化」は医師が患者に「あなたは受診する必要がある」という「トップダウン型」だった。しかし、精神科や心療内科受診の敷居がやや低くなった現在、ネット等で主体的に情報を得て精神的な問題を自認し精神科医療機関にアクセスする「ボトムアップ型」の受診も珍しくない。その中で、自分が思い描くような治療を「してくれない」医療者への期待が薄まり、薬剤に対する要求が主な関心事となることがあるのだという。


「トップダウン型」は「営利企業と一部の専門家が結託して不要な医療化を招く」という発想で、患者は基本的に蚊帳の外だ。「ボトムアップ型」行動の一部が「トップダウン型」の影響を受けている可能性もあるが、それだけではあるまい。今後は医療者だけでなく、患者の受診行動の変化も見据えて、医薬品の適正使用を考える必要がありそうだ。(玲)