正直、都心で働いていると「少子高齢化」を感じるシーンはあまりないのだが、街中から少し離れた住宅街や地方都市を訪ねると、あまりの高齢者の多さに「日本も年をとったなぁ」と思うことも多い。


 当然、高齢者は有権者だ。しかも投票率が高い。政治家は選挙に勝つために、高齢者の既得権を守ろうとする。高齢化の進展が直接・間接の形で政治に影響を及ぼす問題を指摘し、解決策を示すのが『シルバー民主主義』だ。


 年金や税金、雇用、医療・介護などの分野に分けて論が展開されるが、すべてに通じる問題は「世代間格差」。


 年金の場合、将来財政難に陥っても、給付を減らすことで帳尻を合わせることはできる(年金を減らされた国民の不満は高まるが……)。


 しかし、医療・介護の分野では〈医療・介護保険で定められた診療報酬・介護報酬(保険者からの償還価格)は、医療・介護サービスの生産活動に大きな影響を及ぼ〉すから厄介だ。財政状態が悪化して、単純に給付を下げると、人材が離れたり、事業者にインセンティブがなくなったりして、医療や介護のサービスが提供されなくなることも起こり得る(にもかかわらず、高齢者は所得が同じ非高齢者より保険料が減額されている)。


 著者は〈財政悪化を防ぐために、行政は公的保険で定められた診療・介護報酬を低い水準に抑制してきた。他方で、コスト削減に努める民間企業の参入を抑制してきた。このことが、医療・介護サービスの供給不足をもたらしている〉と見る。そのうえで、〈医療・介護の官僚統制と結びつくことが、日本のシルバー民主主義のひとつの特徴である〉と指摘する。


 民間企業の参入が抑制されているためか、経営感覚のなさを感じさせる病院や医療関係者は少なくない。


 第7章では「OECD主要国の医療指標」が掲載されているが、高額機器の代表ともいえる、MRI機器数は1000人当たり46.9台でOECD平均の3倍強、CTスキャン機器数は同101.3台でOECD平均の4倍強となっている。病院の約8割が赤字と言われるが、はたして高額な医療機器が本当にこれだけ必要なのか? 民間企業の参入を認めれば、きちんと収支計算をするはずだ。より効率的に医療・介護サービスが提供されるだろう。


 また、著者は医療や介護事業者のサービスの質を評価するうえで、〈全国的なネットワークによるコーポレートブランドの構築が効果的〉だが、〈それには多くの資本を集められる株式会社の形態が前提となる〉と指摘する。


 たしかに、病院や介護施設をみていると「ヒヤリ・ハット運動」のような小集団の改善活動には熱心だが、大企業のようなトップダウンの取り組みは弱いと思えることが多い。製薬業界の開発担当者から、治験の際に小規模な病院を束ねる苦労を聞かされることがあるが、全国的なネットワークを持つ大規模な病院なら、薬の開発も効率化されるはずだ。


■18歳選挙権も焼け石に水


 〈政府が自ら運営する保険事業の範囲は必要最小限度にとどめる。その上乗せ部分は民間事業者に委ねるとともに、経営の健全さを政府が監督する〉まで振り切ることについては、米国の医療システムが、医療費が高いにもかかわらずイマイチなことを考えれば疑問も残る。数多くの民間事業者が参入した介護の分野には、違和感がある事業者も少なくない(監督が機能するとは限らないのだ)。


 それでも、〈低額の医療費もすべて医療保険の対象〉、誰もがいきなり東大病院に行けしまう「フリーアクセス」(以前よりだいぶ行きづらくはなったが……)など、本書には既存の枠組みを少し変えるだけで、無駄な医療費の削減やサービス向上につながる指摘も多い(これらの恩恵を最も受けているのは高齢者だろう)。


 これからも選挙権を持つ高齢者は増えていく。少子化世代に18歳からの選挙権を認めたところで焼け石に水。改革を先送りするほど、シルバー民主主義は勢いを増すはずだ。著者と同じく〈日本の政治家が考えるほど、団塊の世代の高齢者は近視眼的ではないはずである〉と期待したいのだが……。(鎌)


<書籍データ>

『シルバー民主主義』

八代尚宏著(中公新書780円+税)