7月30日に投開票された東京都知事選では、無党派で出馬した元防衛相の小池百合子氏が初当選した。急速に進む高齢化への対応、2020年のオリンピック・パラリンピックに向けた準備、都議会多数を占める自民、公明両党との関係構築などさまざまな課題が待ち受ける。

 
 しかし、3代続けて任期途中で辞任となった今回の知事選を通じて、東京都のガバナンスの問題を感じる機会があった。本稿は市民ガバナンスの観点に立ち、東京都庁と東京都議会の課題を考察したい。
 
◇ 後出しジャンケンの功罪

 まず、都知事選の経緯と結果を総括すると、不透明な政治資金問題を受けて、前職の舛添要一氏が6月21日付で引責辞職すると、小池氏が6月29日、自民党都連の了承を取らないまま出馬することを明らかにし、都政の透明化を訴えた。
 
 これに対し、自民、公明両党は総務省前事務次官の桜井俊氏の擁立を模索した。息子が人気アイドルグループに所属しており、その知名度を当て込もうとしたのだ。
 
 しかし、桜井氏が固辞したため、岩手県知事と総務相を歴任した増田寛也氏の擁立を模索。増田氏は告示3日前の7月11日に出馬記者会見を開き、組織票をバックに「都政の安定」を訴えたが、無党派の票を得た小池氏に及ばなかった。
 
 一方、民進党など野党陣営では衆議員の長島昭久氏、元経済産業省官僚の古賀茂明氏らの名前が挙がったが、元キャスターの鳥越俊太郎氏を立てることで決着。告示2日前の7月12日に出馬表明したが、街頭演説の少なさが批判されたほか、反原発など都政と無関係なテーマを訴える戦術は都民の支持を得なかった。
 
 結局、小池氏が約291万票を獲得したのに対し、増田氏、鳥越氏は約179万票、約134万票にとどまった。
 
 この経緯から浮かび上がるのは「後出しジャンケン」の戦術である。1995年、1999年の知事選では次々と有力候補が出馬し、最後に出馬表明した青島幸男氏、石原慎太郎氏がそれぞれ勝利したため、その後の知事選では各候補ともギリギリまで意思を明らかにしない戦術が採られるようになった。
 
 実際、2012年、2014年の知事選では、最後に出馬表明した猪瀬直樹氏、舛添氏が当選しており、今回はいち早く出馬表明した小池氏が勝利したことで、「後出しジャンケン」のジンクスが久しぶりに破られたことになる。
 
 しかし、こうした戦術が選ばれるようになった背景には、都政のガバナンス問題がひそんでいる。都知事選が知名度をウリにした「人気投票」の側面が強まっているためである。
 
 もちろん、選挙戦が人気投票になる面は否めない。しかし、有権者が選挙を通じて政治家を選ぶことで主権の行使を委ねる代議制民主主義の原則に従うと、有権者は候補者の掲げる政策や人となりを基に一票を投じることが求められる。
 
 この観点で考えると、人口1,300万人、有権者1,100万人のスーパー自治体である東京都では、知事と有権者の距離感が乖離することは避けられない。
 
 さらに、過去3回は準備期間が短かったことも人気投票に拍車を掛けている。具体的には、2012年の知事選は衆院選に鞍替えした石原氏が任期半ばで辞任したことで行われ、2014年と今回の知事選は金銭スキャンダルで現職が辞任したことに伴い、急遽実施された。選挙期間が短くなると、候補者は政策を考える時間がなくなり、有権者も投票先を判断する上での十分な情報を持てなくなる。
 
 こうした理由が重なり、政策よりもインパクト、人となりよりも知名度やイメージで、候補者や知事が選ばれる傾向が強まっている。
 
 少し一例を挙げよう。1999年から2012年まで4期13年務めた石原氏について、多くの都民は「リーダーシップを持った知事」というイメージを持っていたようである。石原氏が就任当初、ディーゼル車の環境規制や米軍横田基地の軍民共用化、大手銀行を狙い撃ちにした外形標準課税といった独自の政策を次々と打ち出したため、「国と闘う強い知事」というイメージが定着したことによる。
 
 しかし、実態は必ずしもそうではなかった。任期後半になると、都庁に来るのは週1〜2回程度。都政運営に対する意欲と関心を失っていたと言わざるを得ない。
 
 その分、影響力を強めたのは都議会自民党、公明党だった。特に石原氏が2005年、都庁職員から恐れられていた側近の副知事を解任せざるを得なくなった後、職員はほとんど登庁しない石原氏よりも、自公両党を頼みにし始めた。
 
 それにもかかわらず、都民は実態を知らないまま、イメージで石原氏に都政を委ねたのである。これは都政に対するガバナンスが効いていない証と言えるかもしれない。
 
◇ 「与党」を自認する都議会自公の問題点

 もうひとつのガバナンス問題が議会である。二元代表制を採用している日本の地方自治制度では、首長(この場合は都知事)と議会が互いにけん制することが求められる。
 
 具体的には、議会は予算や決算、条例の議案審議などを担う一方、その範囲で首長は行政権を執行することが求められる。さらに、首長の行政運営に問題があると判断した場合、議会は首長を不信任することが認められており、その場合に首長は議会を解散できる。首長、議会の両者が相互にチェックするのが二元代表制の利点である。
 
 しかし、都議会自民党、公明党は「知事与党」を自認し、知事や執行部との関係構築に力点を置いている。
 
 その一端が都庁の予算編成における「復活折衝」である。復活折衝とは通常、原案段階の査定でカットされた政府予算の項目について、財務相と各省大臣による折衝で再調整することを指す(現在は廃止)。
 
 しかし、都庁における復活折衝とは200億円程度の「復活財源」について、都議会各会派の要望を踏まえて予算原案を修正することを指す。
 
 しかも実質的に要望を予算修正に反映できるのは自民、公明両党であり「予算編成権限の一部を議会に事前に渡すことで、議案に反対できないようにする」という都執行部の思惑と、「他党の影響力を除外する形で、予算配分に関われるようにする」という都議会自民党、公明党の思惑が一致している形だ。
 
 だが、予算編成権限の一部を事前に委ねるのは二元代表制で期待される相互けん制機能を損ねる危険性がある。議員内閣制の政府と、二元代表制の自治体は本来、行政府のトップ(国の場合は首相、都庁の場合は知事)と議会の関係性が異なるのに、同じような対応を採っていることに問題がある。
 
 実際、増田氏が惨敗した一因として、自民党都連に対する都民の反発があったのは間違いない。都連では幹事長を務める都議の内田茂氏を中心に少数のグループが重要な決定を決めており、増田氏の擁立プロセスについても、「都議会自民、公明両党が院政を敷こうとしている」との批判があった。不透明なガバナンス構造に対する反発が選挙結果に影響したと言える。
 
 当面、都政の改革を訴える小池氏が直面するのが都議会対応であろう。自公両党は現在、127議席のうち83議席(自民党60議席、公明党23議席)を占めており、両党の賛成がなければ議案が通らない状況だ。しかも小池氏は出馬会見と公約で、不信任案可決を踏まえた「都議会冒頭解散」を訴えており、両党との対決色を鮮明にしている。
 
 小池氏と都議会自公両党が二元代表制で期待されている相互けん制の関係になるのか、それとも従来の不透明な「与党」の関係になるのか。小池氏が掲げる「都政の透明化」を図るひとつの試金石となりそうである。

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丘山 源(おかやま げん)
 大手メディアで政策形成プロセスを長く取材。現在は研究職として、政策立案と制度運用の現場をウオッチしている。