〈よく眠り、よく歩き、よく働く。それがこころの健康法です〉というきわめて常識的な話を、大きく膨らませた感もあるのだが、『うつの常識、じつは非常識』は、うつ病患者が急増した背景とムダな投薬の実情をコンパクトにまとめた一冊だ。


 2000年代に入って、日本でもSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)といった新しいタイプの抗うつ薬が続々登場した。それに合わせるかのように、うつ病の患者も急増している。08年には患者数が104万人を突破した。96年の患者数が43万人だから倍増だ。


〈かつては「鬱病」と画数の多い感じで表記されることも多かった事実が示す通り、普通の人にとって近寄りがたい言葉〉から、ごく一般的な言葉になった。


 身のまわりのレベルでも、片手では足りない数の同僚や知人がうつ病を理由に休職しているのではないだろうか。


 著者は、うつ病が大流行した要因として、〈長い通勤時間、高速化した業務サイクル、24時間届くメール、こういった人を寝かしつけることない不夜城の都市生活〉を挙げ、都市型のライフスタイルと密接に関係してうつ病にかかった人たちを〈都市型うつ〉と定義する。


 たしかに、今から考えると、筆者が就職した90年代前半には、携帯電話を使うこともなかったし、メールで追いかけられることもなかった(今より、過剰な残業や持ち帰りの仕事は多かったが……)。


 著者は、都市型うつについて、〈「こころの問題」に収斂させる前に、生活習慣に介入しなければ本質的な問題の解決にはならないのではないでしょうか〉と言う。たしかに、高血圧や高脂血症などの生活習慣病では、医師に飲酒や食べ過ぎ、運動不足など、まずは生活習慣をあらためるよう指導されるが、うつ病では「まず薬で治療」という医師が珍しくない。職業柄、友人・知人が飲んでいる薬を見せてもらうことも多いのだが、抗うつ薬や睡眠薬など、何種類もの薬を飲んでいる人が少なからずいる。


■睡眠不足を解消せよ                      

                                

 著者は、都市型うつの治療に〈抗うつ薬を使うことにほとんど意味がない〉と主張する。ちなみに、「日本うつ病学会」も、12年に「大うつ病性障害治療ガイドライン」を発表し、〈抗うつ薬の多剤・大量処方に警鐘を鳴らし、軽症うつ病は非薬物療法を推奨〉している。


 改善すべき生活習慣はいくつかあるが、著者が都市型うつの最大の要因というのが、「睡眠不足」。日本人は睡眠不足なうえ、就寝時刻と起床時間から計算すると70年以降で1時間程度、睡眠時間が減っている。ちなみに、70年頃と言えば、不眠不休で働くといわれた「モーレツ社員」がいた時代だ。その時代よりも現代人は寝ていないのだ(ちなみに、本書によれば、不眠不休でよく名前が上がるナポレオンは、〈じっさいはたっぷり寝ていた〉んだとか)。


 睡眠不足を解消するための具体的なノウハウは本書を読んでほしいが、“自分ごと”として気になったのが、〈新聞記者こそ「都市型うつ」の教科書〉のくだりだ。


 短時間かつ不規則な睡眠、アルコールの過剰摂取……。


 まさに自分はこの典型。


「これから生活習慣を改善しよう!」といいたいところだが、少々自信がない。スペインの「シエスタ」みたいな制度でもつくってくれないかなあ。そこでワインを飲んでしまいそうだけど。(鎌)


<書籍データ>

うつの常識、じつは非常識

井原裕著(ディスカヴァー携書1000円+税)