前回、高齢者世帯の年間所得は309.1万円、全世帯平均の537.2万円とは乖離が大きいことを記した。309万円のうち、68.5%(211.9万円)が公的年金・恩給。これを月当たりにみると、高齢者世帯の年金受給額は17万6500円程度だ。


 そしてこの17万円、高齢者の生活、介護に関する自己負担などのある種の水準、指標化となっている気配が濃厚で、そしてこれを基礎数字レベルとして政策が進む気配がある。


 筆者の住む住宅街にも、高齢者施設の入居を誘うチラシが週に1度以上は入ってくる。そして、そこに記されている入居金は月当たり17万円程度に設定されているところがほとんどだ。つまり、年金受給額の社会的平均、それが高齢者施設費用負担の最低ラインとして相場化していることが明白なのである。


 どうして、こうした価格付けに異議や異論が、高齢者の保健医療や生活状況、貯蓄などと相対化された社会的批判が出ないのだろうか。入居金を月17万円払って、何も残らない人は実質的には入居は不可能である。なぜなら、ほとんどの施設が17万円は基本的な経費のみであり、介護費用の自己負担分、おむつ費用、個人的な茶菓の購入費用などは別途必要だからだ。


●貯蓄額の数値はあくまで平均値


 しかし、15年版内閣府高齢社会白書をみると、入居金17万円でも多くの高齢者が入居できる範囲にいることも推定できるデータが示されている。前回にも触れたが、この白書のデータは、11年、12年のものが基本になっている。数値のとらえ方が60歳以上となっているため、この時点ではいわゆる団塊世代は65歳に達していない。


 また、多くがこの世代はリタイア直後であり、相応の退職給付などが盛り込まれていると想定するのが普通だと思うが、そうした背景には何も触れないのが、こうした報告の常である。いわば、短期的な前高齢者のミニバブル的な預貯金が反映されているのだ。それが、経年的に今後もずっと継続するような錯覚が、白書からは生じてしまう。


 むろん、白書では13年時点で、65歳以上、70歳以上の預貯金額についても報告は示している。それによれば60〜69歳世代、70歳代以上の貯蓄額は2385万円で、65歳以上となると2377万円で全世帯平均の1739万円の約1.4倍である。ちなみに持ち家率は90%を超える。負債額は60歳代で204万円、70歳以上で93万円となっている。


 一方で、50歳代の貯蓄額は1595万円、負債額は607万円。60歳代と比較すると、貯蓄額は60歳以上の67%、負債額は60歳代のほぼ3倍。数値的にも、60歳を超える時点で、退職給付の存在、負債の多くを占めるであろう住宅ローンの返済が終わっているという推定ができる。


 収入をみると、60歳代は577万円、50歳代は806万円で、60歳を境に収入は3割ほど減ってしまう。それでも、こうした貯蓄を行える世代構造が維持されていることで、平均的年金額の17万円高齢者施設の月間負担額となっても、一見、入居が行えるという構図になっていることが理解できる。


●4000万円を超える貯蓄を持つ高齢者は限られる


 このように平均的な姿をみると、日本の高齢者は、それまでの所得再配分が機能していた時代、年功序列型所得の恩恵を残して、一定の貯金があるようにみえる。高齢者の貯蓄の目的は、62.3%が「病気や介護への備え」だと白書は報告している。これが社会全体に万遍なく、ほぼ行きわたった姿なら、当面は、あるいは現在の高齢者がいなくなるまでは万全のようにみえるが、物語はそうは簡単ではない。


 これまでみてきた貯蓄額、持ち家率はあくまでも平均である。持ち家に関して言えば、相応に住居で困る高齢者は少ないようにみえるが、これらの持ち家が「資産」としてカウントできるレベルであるかどうかは微妙だ。高齢者の持ち家に関する詳しいデータを見つけることができなかったが、保留資産として価値があるものはどの程度なのかが吟味されなければ、持ち家に関するデータはそのまま受け取るわけにはいかない。


 徐々に問題化し始めている「空き家」の急増は、高齢者の持ち家に関する新たな局面を反映しているとみることもできるのではないだろうか。さらに、前回にも触れたように、現在の高齢者がローンを組んで持った家は、三世代同居を前提にしたものではない。2人世帯、独居世帯の持ち家は、別の多くの問題をはらんでいることは想像に難くない。


 貯蓄に話しを戻すと、高齢者間でも貯蓄額のバラつきが多い。例えば65歳以上高齢者の17%は、貯蓄額が4000万円以上とする統計もある。どこで調べるのか知る由もないが、いわゆる振り込め詐欺でいとも簡単に数千万円単位の現金を用意できる高齢者の頻発は、こうした現実を反映しているのであろう。しかし、この17%以外の高齢者の貯蓄額は、そうした超貯蓄額の人々を除いた総貯蓄額を83%の人数で割らなければならない。前出の平均2377万円のうち17%がその多くを占めるとすれば、残り83%の貯蓄額は推して知るべしという水準になる。


●高齢者夫婦世帯家計は平均で6万円を超える赤字


 13年の国民生活基礎調査(厚生労働省)によれば、高齢者世帯の平均貯蓄額は1268万円である。しかし、全世帯のうち「貯蓄なし」は16.8%に達している。一方で、3000万円以上の貯蓄がある高齢者世帯は11.6%。5割から4割程度の高齢者世帯は、貯蓄があるといっても、実はその額は500万円以下であるということは容易に想像できるのである。


 14年版の高齢社会白書では60〜64歳の人たちの「経済的備えについて」のアンケート結果では、「十分」は3.6%に過ぎず、「最低限はある」35.7%、「少し足りないと思う」18.9%、「かなり足りないと思う」35.5%となっている。高齢者に足がかかっている人々でも不安感を持っている人は少なくとも5割を超えている。なお、この調査では、高齢になってからの「備え」への不安は若年者ほど大きい。社会不安の種は播かれている。


 高齢者世帯に貯蓄なし、あるいは貯蓄額が500万円以下の層がかなりのウェイトを占めると類推される状況は、何を物語るか。


 総務省の14年家計調査報告をみると、高齢者夫婦世帯の家計収支が報告されている。それによると、「高齢者夫婦無職世帯」の実収入平均は20万7347円。これは公的年金などの社会保障給付費が19万800円、その他収入が1万6547円という内訳になる。一方、消費支出平均は23万9485円。単純に言えば3万2000円の赤字だ。


 実は消費支出には、税・社会保険料等の「非消費支出」は消費支出には含まない。この非消費支出分が平均で2万9422円に上る。ゆえに、こうした世帯の可処分所得は非消費支出分を除いた17万7925円ということになる。実際の家計収支は6万2000円近い赤字ということになる。


 非消費支出を除く消費支出の内訳は、食料費25.4%、交通通信費11.2%、教育娯楽費10.8%、光熱水道費8.8%、住居費6.7%、保健医療費6.1%、家具家事用品費4.1%、被服等(靴など含む)2.9%、交際費などその他23.9%となっている。


 問題なのは、消費支出はそれほど贅沢ではないということではなく、このような一般的な普通の生活レベルで、高齢者夫婦世帯では6万円強の赤字が出ていることだ。仮に、一般的に約500万円の貯蓄額があるとすれば、赤字補填を続けてゆくと約82〜83ヵ月で、貯蓄は底を尽くという計算になる。7年ももたない。夫婦とも66歳だったとして、73歳までになくなってしまう。後期高齢者になるまではもたない。そこから何が始まるか。貧困だ。


 さらにいえば、可処分所得17万7925円という数字に着目しておこう。先に示した高齢者施設の月間負担金17万円と近似してくる。夫婦のいずれかが、施設介護の世話になると、家計は破綻する。当然、施設入所は回避することになるだろう。また、在宅で対応したとしても、6.1%の保健医療費が爆発的に膨らむのは目にみえてくる。


 夫婦2人世帯でもこうした現況がある。しかし、これが独居世帯になると、状況は一段と険しくなる。生きていくのに難渋するという状況は、死の直前に貧困に見舞われる人がたいそうな数に上ることを示唆する。それを救うセーフティネットを十全な形で形成するには、莫大な財政支出が必要である。そこへの期待を悲観すれば、高齢者の内なる選択としても、「適正寿命」への願望は膨張してしまう。それを座してみていく、そうした政策が当たり前になりかけているのではないか。


 次回からは、これまで述べてきた高齢者の実態から、社会観として「適正寿命」という考え方が拡大する状況をみていく。(幸)