小さなヘビが鎌首をもたげたような格好の花がたくさん重なって咲く様子は、近づいて撮影すると結構な迫力であるが、花も葉もサイズが小さいので、草むらに紛れてしまうとその色のほうが印象が強い植物かもしれない。花がみな同じ方を向いてびっしり並ぶ様子が、浮世絵の海の波頭の描写を想像させるところから、日本に自生する同属の近縁な種は、タツナミソウという和名を与えられている。


コガネバナの花 アップ

 

 全体像 葉も花も大きくない


波頭のように同方向を向いて並ぶ花と蕾


 唇型の花筒は典型的なシソ科の花の形であり、その通りシソ科に分類されるが、シソ科の薬用植物でよく知られているシソやハッカのように葉茎に精油を多く含んでいるかというと、コガネバナはそうではなく、また花の並び方も、シソやハッカは四角い茎の四方にそれぞれ花が付き、花穂はトウモロコシのような形になることが多いが、コガネバナの仲間は前述の通り、一方向を向いて咲く。シソ科植物というところの一般的な印象からは少々外れた形態の植物である。

 コガネバナはもともと日本に自生していた植物ではなく、江戸時代に大陸から導入されたものであるという。江戸時代の日本では、生薬として使う植物をたくさん栽培しており、コガネバナもその流れで輸入されたものだろう。 


 薬用部位は根で、生薬名をオウゴン(黄芩)という。生薬にする際には一番外側の周皮を除く。周皮を除いた根は黄色く、この色からコガネバナの和名がつけられたらしい。この黄色い色は、根に多量に含まれるフラボノイド類によるもので、その含量は乾燥重量あたり10%を超える。フラボノイドは植物がつくる二次代謝成分のひとつであるが、乾燥重量あたりで10%を超えるほど多量に含まれる例は非常に珍しい。

 この黄色い根を収穫、洗浄、剥皮し、乾燥させると生薬として出荷できる状態になるが、作業の途中で黄色い根に青い傷ができたり、切断した断面や剥皮した表面が青っぽく色付いたりすることがある。うっかりするとカビのようにも見えるのだが、これはカビではなく、多量に含まれるフラボノイドと、切断等に用いた道具の金属が反応して着色したものだろうと説明されることが多い。フラボノイド類には、アントシアニンなど天然色素として利用されているものも多く、化学構造が少し変化するだけで着色する可能性があるのである。また、フラボノイドなどフェノール性水酸基を構造中にもつ化合物は、鉄イオンを含む試薬を使ってその存在を検出することができるのだが、オウゴンの青い着色はその検出反応と同様のことが起きた結果、とも考えられるかもしれない。


掘り上げて洗ったばかりのコガネバナの根 一部に青い傷がついている


生薬オウゴン 上:周皮をとったもの 中:全体が青っぽく色づいたもの 下:周皮がついたままのもの


青っぽく見えるオウゴンを折った断面 皮に近い部分が濃く青くなっているのがわかる
 

 さてそのオウゴンの薬効であるが、オウゴンだけを煎じて服用することはほとんど無く、漢方処方の構成生薬として複数の他の生薬とともに煎じたり、粉末にして丸剤にしたりして用いられる。サイコ(柴胡)という生薬とセットで処方に入れられることが多く、炎症を鎮めたり、解熱したりの作用が期待できると考えられている。匂いや味が激烈な生薬ではないが、フラボノイドが10%という激烈な濃度で入っているので、他の医薬品成分との相互作用や過量摂取には注意したい生薬である。
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伊藤美千穂(いとうみちほ)  1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省、内閣府やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。