前回の本欄で無礼にも“夏休みの省エネモード”などと、今ひとつインパクトが薄かった各誌の印象を揶揄してしまったが、今週の文春、新潮には一転して、記者たちの活力がみなぎっていた。
例えば文春記者の“今週の直撃場面”だけ拾っても、東京都議会のドン・内田茂都議のパーティー会場でつかみかからんばかりの敵意にさらされたり、電話取材か対面取材かは不明だが、司会者・小倉智昭氏のマネージャーに食い下がり、小倉氏が金銭を与えていたという覚醒剤事件の俳優との関係をグイグイ問い質したりしている。
タレント有吉弘行氏と女子アナ夏目三久さんの交際報道でも、それぞれの親や友人を直撃、俳優・高畑裕太容疑者の婦女暴行事件では、その実の父親が俳優の大谷亮介氏であることを突き止めて、本人にそれを認めさせている。
また文春・新潮の“同着スクープ”の形で、地方創生大臣・山本幸三氏が4年前、自身が立ち上げた投資会社の出資者など2人にインサイダー取引疑惑が浮上して、証券取引等監視委員会の捜査を受けた際、取調べの手法などを批判する国会質問をして“身内”を助けようとした疑惑も報じられた。
文春には、ノンフィクションライター・小野一光氏の短期連載として、あの角田美代子(故人)を中心としたおどろおどろしい「尼崎連続殺人事件」を掘り下げる3回目のルポも掲載されている。
偶然にも今週はこれらテーマの大半で文春・新潮の取材が重なったが、いずれにせよ、両誌編集部の何組もの取材班がさまざまなスキャンダルやゴシップ報道で、同時並行的に対象者に迫っている様子が濃厚な誌面から伝わってくる。
全国紙やテレビが絶望的なまでに‟闘わないメディア”になってしまった落差もあり、両誌の活躍が際立つが、山本大臣の疑惑のようなテーマだと、最近の大メディアは雑誌の“後追い”すらしようとせず、その意味で少し前、“文春砲”“センテンススプリング”などと恐れられた破壊力もここに来て、どこかスルーされがちな雰囲気が漂い始めている。
舛添要一前知事や今回の高畑母子など“叩いても安全な相手”には狂ったようなバッシングを繰り広げるくせに、少しでも反撃されそうな相手にはまるっきり手を出さない。もはや全国紙やテレビは、完全に去勢されたメディアになり果ててしまった。
元朝日新聞のフリー記者・井上久男氏のネット記事(「現代ビジネス」)によると、最近の朝日新聞では社員教育で「問題意識を持ちすぎるな」と若手記者に教え、一線のデスクたちも“リスクのある原稿”を極端に毛嫌いするようになっているという。
以前、読売の元北京総局長・加藤隆則氏が、習近平暗殺未遂事件のスクープを社に潰された実体験を例に引き、読売社内に「特ダネは書かなくていい」という信じがたい雰囲気が蔓延する実態を明かしたが、朝日もすでに似たようなものらしい。NHKや民放もきっと同じだろう。
“大メディアの総ヘタレ状態”もここまで来てしまうと、文春・新潮もそろそろ“斜に構えた保守雑誌”のスタンスをかなぐり捨て、この事態の根源にある政治や社会の病巣に向き合っていかないと、自分たちの“孤軍奮闘の報道”さえ、無視されて当たり前、という時代がすぐそこまで来ている。
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三山喬(みやまたかし) 1961 年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。1998年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取 材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。2007年に帰国後はテーマを 広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って」 (ともに東海教育研究所刊)など。