近医で歯髄炎の治療に失敗し、自費で専門医の根管治療を受けて以来、私は定期検診で歯周のチェックや歯石の除去を行っている。とはいえ、受診時の関心はあくまで歯とその周囲の状態だった。しかし、第4回日本病巣疾患研究会総会(2016年9月10〜11日開催)に参加して認識が変わった。鍵は歯周病と全身疾患の関係にある。
◆病巣の炎症が思わぬ部位に影響
病巣感染(focal infection)とは、身体の一部に慢性の炎症(一次疾患)があり、それ自体の症状は軽いが、他の臓器における反応性の二次疾患や、全身性疾患を引き起こすことを指す。1912年に病巣感染説を提唱した米国のBillingは、原病巣の60%が扁桃病巣感染、25%が齲歯など歯科領域の病巣感染と報告した。この説は1930年代まで欧米で隆盛を極めたが、免疫学が未発達の時代に機序が未解明な中で根拠のない抜歯が横行したこともあり、1950年代には下火になった。
しかし、1990年代以降は歯科および耳鼻咽喉科領域を中心に再考がなされつつある。診療科や立場を問わず、病巣感染(疾患)をともに考え、「木も見て森も見る医療」を目指すのが同研究会の趣旨だという。
歯垢には数百種の細菌が生息しており、その一部が歯周病(periodontitis、歯肉炎および歯周炎)の原因となる。原因菌を含む歯垢が歯周ポケットに蓄積すると炎症が生じ、歯肉の腫れや発赤がみられる。慢性化すると過剰に分泌されたサイトカインによって歯周組織の破壊や骨代謝バランスの不均衡が起こる。その結果、歯根膜(土台となる歯槽骨と歯をつなぐ靱帯)や歯槽骨も破壊されていく。歯周病患者の出血は歯周ポケット内の微小な潰瘍によるものだ。口腔細菌や過剰なサイトカインが微小潰瘍や歯牙や歯肉の血管網を介して、全身に運ばれていく。
歯周病との関連が報告されている全身疾患は、糖尿病、心疾患、骨粗鬆症をはじめ数多くある。このうち糖尿病と歯周病については、近年の疫学研究で相互の関連が示唆されている。
メカニズムは未解明ではあるが、「歯周病があると血糖コントロールが不良になりがち」な理由として、歯周組織局所で炎症性因子(CRP、IL-6、TNF-α等)が持続的に産生されてインスリンの作用を阻害することが挙げられている。一方、「糖尿病患者で歯周病が発症・重症化しやすい」理由として、歯周組織における最終糖化産物(AGEs)の役割や、高血糖状態による活性酸素の上昇に注目した研究も進められている。
◆意識変革と明確なメッセージに期待
視点をミクロの世界から現実の医療に転じると、今後の大きな課題は医科歯科連携である。
日本歯周病学会の『糖尿病患者に対する歯周治療ガイドライン』と、日本糖尿病学会の『科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン』(「歯周病と糖尿病」の項)に現在までのエビデンスは示されている。加えて、平成28年の歯科診療報酬改定で両者の連携を促すべく、糖尿病を有する患者に歯周疾患処置(略称:P処)を行う場合の記載「P処(糖)」が定められた。さらに、日本糖尿病協会が患者向けに作成している『糖尿病連携手帳』は、同年4月の改訂にあたって「眼科・歯科」のページを新設し、施設や歯科医師、検査日をはじめ多項目(歯周病、口腔清掃、出血、口腔乾燥、咀嚼力、現在歯、症状等)を記録できる形になった。
お膳立ては揃っている。あとは、医師・歯科医師間の意識改革と国民への啓発が必要だ。
平成元年に厚労省と日本歯科医師会(日歯)が始めた「8020運動」の結果、平成23年の歯科疾患実態調査では80歳で20本以上の歯を持つ人の割合が38.3%と推定され、過去最高となった。ただし、75歳以上で4mm以上の歯周ポケットを持つ人の割合は前回(平成17年)調査より増加していた。また、日本人の約70%に何らかの歯周病症状があり、40歳半ば以降では80%以上に歯周炎が認められた。
4mm以上の歯周ポケットを持つ人は15歳以降にみられ、20代で10%を、30代で20%を超える。スイーツやジュース好きの女子を妊娠糖尿病のハイリスク者予備軍と考えると、歯科医にはゲートキーパーとしての役割も期待される。
フレイルティ(老化に伴う種々の機能低下により健康障害に陥りやすい状態)という言葉が広まりつつある中で昨年、日歯が啓発活動に加えたキーワードが“オーラル・フレイル”だ。高齢者の歯や口の機能の虚弱性による食環境の悪化が、サルコペニア(加齢性筋肉脆弱症)や低栄養等による生活機能の低下を招き、やがて要介護状態につながることが懸念される。フレイルティの上流にある“オーラル・フレイル”を予防するためには、「バランスの良い食事と歯・口の定期的な管理」と「運動」、「社会性」(人のつながりや生活の広がり)の維持が欠かせない。
口腔機能維持の重要性や歯周病の全身への影響を考えると極めて重要な観点だが、標語が「しっかり噛んで、しっかり食べ、しっかり動く、そして社会参加を!」では歯切れが悪い。そこで、伝わりやすい標語を募集するのも一案だ。
一方、「医師は歯や歯周を診る意識が乏しい」という点も同研究会で指摘されていた。まずは糖尿病診療を行う医師が、少なくとも初診時に「はい、口を開けて」と一声かけて確認することをルーティンにしてみてはいかがだろうか。(玲)