実りの秋である。最近はコメの品種が豊富でいろいろな性質のものが植えられているので、刈り取りの時期もさまざま、今の時期だと、すっかり収穫の終わった田んぼもあれば、まだ青っぽい色の田んぼもある。車窓からその景色を眺めていると、田んぼのパッチワークを縁取るかのように赤い線と点がちらほら見える。ヒガンバナである。

             

 ヒガンバナは文字通り秋のお彼岸の頃に咲くが、土からすうっと花茎が伸びてきて一気に開花する。葉は花がすっかり終わってからにょきっと現れる。花から生活サイクルが始まるのである。葉は寒くなっても濃い緑色で枯れず、冬を越し、春が過ぎて初夏の汗ばむ季節になって枯れ始める。いわゆる雑草が生い茂る真夏の時期にはヒガンバナの地上部はなく、地下部の鱗茎が休眠している状態である。このようにヒガンバナは、一般的な日本の草花と生活サイクルが真逆なのである。

 鱗茎には多量のでんぷんが含まれており、昔は飢饉のときの食用にもされていたらしい。真夏に土中に充実した鱗茎があるのであるから、夏の日照りで飢饉となったときには好都合である。しかし、同時にヒガンバナの鱗茎にはアルカロイドが含まれており、そのまま食すると有毒である。

 


  このアルカロイドはリコリン、クリニン、ガランタミンなど、ヒガンバナアルカロイドと総称される特徴的な構造を持った化合物群で、かつてはこのヒガンバナの鱗茎を「石蒜(セキサン)」という生薬としても用いていた。

 セキサンに期待される薬効は、去痰、催吐作用で、吐根(トコン)の代わりに使われることもあったという。トコンは現在でもトコンシロップや家庭薬の配合薬として日本でも使われており、日本薬局方にも収載されている生薬である。しかし、セキサンのほうは、現在の日本では薬用にはしていない。薬効が期待される薬物濃度と毒性が現れる薬物濃度の差が小さく、つまり安全域が狭いために薬の範疇に入れなかったのだろう。他方、民間では、ヒガンバナの生の鱗茎をすりおろしたものを足の裏に貼り付けると、むくみとりの効果があるとして利用されることがあったらしい。

 薬毒同源などと言ったりはするが、ヒガンバナの鱗茎が嘗て生薬として名前も与えられて使われていた、という事実を初めて知ったときには驚いたものである。さらには、このセキサンに含まれる一連のヒガンバナアルカロイドを単離精製し、複雑な構造を明らかにしたのは天然物化学が得意な日本人研究者、しかも京都大学の研究者だったということである。

 ヒガンバナは、マンジュシャゲ、テンガイバナ、シタマガリ、シビトバナ、など多くの別名を持っていることからも、人の生活の近くに普遍的にある植物だが他の植物とは異なる印象を与えるものであったということがうかがえる。野山でよく見かけるのは真っ赤な花のヒガンバナだが、花の色が橙色で茎が茶色の種類や、花色が桃色のもの、黄色のものなど、花期が少しずつずれるが同属には他の仲間もあり、それぞれに赤いヒガンバナとはまた少々違った趣がある。

 


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伊藤美千穂(いとうみちほ)  1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省、内閣府やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。