アルツハイマー病の取材を始めて、かれこれ10年近く経つ。最新の治療薬から、検査、介護の技術、かかるお金と、記事の切り口はさまざま。いまだに記事への強いニーズがあるのは、絶えず情報の更新が続いているのと、必要とする読者が増え続けているからだろう。親族がアルツハイマー病にかかったこともあり、本人や家族の苦労も見てきた。


 治療薬については、アリセプト1剤の時代から、レミニール、リバスタッチパッチ/イクセロンパッチ、メマリーが上市され、選べる時代になった。もっとも、これらはすべて進行を遅らせるだけ(それでも、増えたことの意義は十分ある)。


「10年後には根本治療薬ができる」と言われて久しいが、7〜8年前に有望な根本治療薬とされていた候補薬はすべてドロップして、今のところ製品化された薬はない。


 その間、何が起こっていたのか、次なる治療薬はどんなものなのかを知るべく、『アルツハイマー病は治せる、予防できる』を手に取った。本書はドイツの精神科医アロイス・アルツハイマー博士によるアルツハイマー病の発見から、現在の最新の知見までをコンパクトにまとめた1冊だ。


 正直、研究者と違って、多くのマスコミは候補薬の治験が中止されると、その経緯や詳細について興味を失う(その点では、パイプラインを将来の収益源と見ているアナリストも同じだ)。


 しかし、本書で記される、科学者たちが、仮説を立て、アルツハイマー病の発症メカニズムを研究し、失敗を経て、次なる治療法を探していく姿は、純粋に「科学読み物」としておもしろい。


 近年繰り広げられてきたアミロイドβをめぐる治療薬の開発、アルツハイマー病のリスク遺伝子とされる「アポE4」やそれを検査する遺伝子検査サービスの問題点等、昨今の論点もわかりやすく解説されている(〈現在の定期検診などでアポE遺伝子検査が行われていないことが、検査を受けるメリットの有無を示している〉との指摘にはまったく同感)。


■アミロイドβの「分解」に注目


 今、著者らの研究は、大きく前進している。詳しくは本書を読んでほしいのだが、ポイントは、蓄積してアルツハイマー病を引き起こす〈アミロイドβの「分解」に注目〉したこと。これまでの治療法は、アミロイドβの「産生」に着目し、産生を減らそうとしてきた。


 健康な人でもアミロイドβの産生→分解を繰り返しているが、〈アミロイドβが蓄積するか否かは産生と分解のバランスで決まる。(中略)加齢によって少しずつ分解の働きが低下していけばそれだけで、アミロイドβがたまり、アルツハイマー病の原因になってしまう〉。


 そこで分解のメカニズムを解明し、分解酵素を活性化させる活性化させる治療法を確立しようというわけだ。 


 著者らは遺伝子治療による方法、薬による方法、2つのアプローチで、研究を続けており、いずれも効果を上げているという。


 アルツハイマー病の治療に関しては、過去何度も「10年後には治る」と聞かされたにもかかわらず、裏切られてきた。このため、〈2025年にアルツハイマー病を「治る病気」にする〉と宣言する著者についても、正直、半信半疑な部分がある。


 それでも、周りに認知症の人が増えていくのを見るたびに、「今度こそ」と画期的な新薬の登場に期待を寄せたくなるのだ……。(鎌)


<書籍データ>

『アルツハイマー病は治せる、予防できる』

西道隆臣著(集英社新書760円+税)